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あなたのことを知りたいと思う度、あなたの表情の裏のことを考えるごとに、私の中であなたが神聖なものになっていく。あなたを好きだと思う気持ちが私をとても下賤にしていくようだ。

ふれた唇が痛いほど熱い湯を飲み込む。あなたは冷たい息を吐いて私を見た。

私の中であなたが神聖なものになっていく。動き回る、息をする、話をする、あなたは笑っている。他愛ないことで。幸福なときにも悲しいときにも。一方的な思慕をしているのが苦しいので私はうつむいている。あなたの声、あなたの身体、あなたの顔。あなたはとてもこころよい。いったい何をすれば私のことをあなたの心に置いてくれるだろうか。あなたを好きだと思う気持ちで私はとても姑息な、臆病な、恥ずかしい人間になるようだ。

ごろりと喉を丸薬が通っていった。身体の管の中を落ちていく。寒気のやまない背筋がまた、ぞわりと粟立つ。


「効きそうだろうか」
「飲んだばかりですから、何とも」


あなたの真摯な目。気遣わしげな声音。私のよこしまな心を露とも知らないあなたの頬。
あなたが好き。……こんなことは私に限ったことではないからあえて口に出さないのだ。あなたを慕うものの数を成す術なく思うのだ。叱られ、頬を張られて泣く童女のように途方に暮れている。
あなたを好きだと思う気持ちで、頭がおかしくなってしまいそうだ。


「薬に造詣が深いとは、渋いご趣味をお持ちだったのですね」
「そうだな、何しろ覚えることが多くて飽きないのがいい。それに、薬研を使っているときなんかは考え事をするのにもしないのにもよくてな」


いつでも、今にも口走ってしまいそうなのだ。あなたの声が言葉が微笑が視線がここちよくて。焦がれる気持ちに負けてしまいそうで、泣きだしそうに苦しい。

あなたのたくましい腕、広い肩。傷だらけの手の甲、あたたかい手のひら、傷ついた指、四角い爪。太い首、なめらかなうなじ、骨と筋の確かな喉。硬く盛り上がった胸。筋肉の溝の浮いた腹。絞ったように締まった腰。長く強健な脚。あなたのからだ。あなたの。

「名前殿?」

あなたの、少年のままのような笑顔。

「はい?」
「大丈夫か?やはり少し上の空だな。居座ってすまなかったよ、どうか養生してくれ」
「あ、いえ……薬と、お気遣いに感謝いたします、家康公」


広い背中をこちらに向けて、あなたが部屋を出て行く。硬く引き締まった腰に絡みついて引き留めることができたらと思って見つめている私のよこしまな視線にあなたは気付かないのだ。いとしいひと。
手で口で舌でさわってなぞってはずかしめたい。卑しい欲を持ってあなたを見ている。寒気がする。
あなたの腕に肩にうなじに、背に腹に腰に、特別な意味を持ってさわりたい。欲は血のように身体をめぐって、熱を上げている。あなたのことを知りたい。
あなたがただひとりを選び取ることはないと知っている。あなたはあまねく人々に光芒を放つ、影向の太陽だった。たとえばあなたが私の思いを知っていてその上で知らぬふりを決め込んでいるというならそれはなんともありがたいことだった。その肌を指先で撫でる幸福にありつけないとしても、あられもなくふしだらな心の内を見透かされずに済むならそちらの方がよかった。
私の中であなたが神聖なものになっていく。目の前に骨肉を伴って、そのなめらかな肌に豊かに感情を乗せて、確かにいかにも人間くさいあなたに、それでも私は影向を見る思いでいる。主に忠節を誓うように、神に信仰を差し出すように、大仰な気持ちであなたを好きなのだ。

立って、羽織を取ろうと首を回したとたん、背骨をなぞるようにまた寒気がした。脳天まで這い上がる、痛いほどの違和感に筋が弛んだように足元から崩れ、その場に倒れ込む。拍子、脇息やら机だとかにけつまずいて派手に音が立った。頭はいよいよ朦朧として、立てないのだから大人しく寝ていようと思うのに寒くて、何か羽織るものを引き寄せようと精一杯に伸ばした手が、ふとあたたかいものに触れる。
それは手から、急速に私の身体中を包むように熱を分けて、その心地よさで私を殺してしまいそうなほどだった。重いまぶたを上げる。頬を押し付けた硬い胸板の持ち主を見上げる。顎の線。なだらかに尖った喉仏が見える。焦ったように上ずる声が、慌ただしげな足音が、遠くから届く波濤のようにうすくぼんやりと伝わってくる。

「家康公」

そのひとを呼んだ声がかすれている。喉が渇いた。あたたかくて心地がいい。あなたの腕の中で死ねたらどんなにか幸福だろう。

「ワシはここだ。心配しなくてもいい、そばにいる」

あなたは私を抱きかかえ、手をとって言う。乾いた舌が、火のついた木切れを乗せられたようにちりちりと焼けて、なにも言えなかった。あなたはきっと誰に対しても平等にそんなやさしい言葉をかける。私の一方的な思慕を亡きものにするあなたの美点。
あなたが好き。……それだけで死んでしまいそうなくらい。

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