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外は朝なのに、この部屋の中だけは夜のように暗くて静かだ。重たい空気を吸っては吐いて、時間がまた正しく夜になっていくのを待つように。


「お前、俺のこと心配してたんだって?」
「…私だけではないはずですけど」

彼が5年の刑期を終えて神室町へ戻ってきたその日から、私はこの部屋にいる。

「なあ、いつもそうだな。はぐらかして言い訳ばかりして、恥ずかしくないのかよ?」

外は朝を迎えて小鳥が鳴くのに、人々が起きだして活動を始めるのに、この部屋の中にだけよどんだ空気が溜まっていて、何もかもがおっくうだった。口を噤んで指の先を眺める私のことを苛立ったように見て、相手は舌打ちして、立ち上がった。ベッドの端に小さくなって座っている私のことをその影で覆わんばかりの彼が少しおそろしい。部屋の隅に足を投げ出してただ座っていたときでさえ彼は獣が冬眠にまどろむようだったのに。

「俺とこうやってむだな時間をさ、使っている内に、お前のことなんか誰も好きにはなってくれなくなる。俺はそれを待ってるんだって、分かってるんだろ」

ベッドが低い音で軋んだ。私は心の中の悲鳴を彼に気付かれたいように思って、けれどそうかと言って彼が考えを変えてくれるとも思えずにいっそう口を閉じた。煙草の吸殻で満杯の灰皿が目に入る。もののない部屋の、フローリングの床の上にそれは雑然と、ぽつんとある。彼の苛立ちと空気のよどみと夜のまま動かない部屋の象徴のようで、私ははだかの身体に毛布をよりきつく巻きつけて小さくなった。すぐ近くにある彼の顔を見ることができなかった。

「お前に、今が朝か昼かってことでも考えてほしくないよ、俺は」
「大吾さん」

頬にふれた手に抵抗するように声が出た。彼の名前を呼んだその声が薄れていく紫煙の間をかき分けて、見当違いな場所に落ちる。この人にはきっと私から何か働きかけるだとか影響を与えるだとかいうことは、そんな大それたことはまるでできないのだ。

彼を、大吾さんを好きになったから、私は朝と昼とを夜にして生きなければいけないのか。

どうしてなにをそんなに自棄になるのか、私は彼のことを何もと言っていいほどほとんど知らないので気安くは聞けなかった。私は大吾さんを相手に口を噤んでときどき彼の唇を迎え入れるだけだった。どうしてそんなにつらそうなのか、私は予想も邪推もしてこなかった。どうして、と疑問に思うだけだった。

「不安なんだよ。わからないなんて言うなよ。一緒に、いてくれよ」

身体を覆う彼の身体も、シーツの布地の上から私を抱きすくめる腕もずしりと重い。腕を回して、抱きしめ返すだけでいいのだろう、きっと。彼の不安を取り除くことはできなくても私がここにいる意味には適う。私はきっとそうすることを求められてここにいて、そのために私は彼に、あなたが好きですなどとは言えなかった。

大吾さんの腕の中で動き出す朝の音を聞きながら、気だるい目元に熱を感じて、瞼を落とす。眠れないのは分かっていた。肩口にあたる大吾さんの静かな呼吸を受け止める。自分の腕は重たくて、彼を抱きしめてあげることはできなかった。
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