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ベッドにうつぶせて、声を殺して泣く女の、黒く長い髪が場違いにきれいに思えて、俺は言葉をなくした。うねり、流れる髪は、うなじを覆い横顔を隠し白いシーツの上へ散らばる。ふるえる肩の薄さ細さが、その嗚咽よりもずっと痛々しく感じた。お前って女だったんだな。いつもならそうやって憎まれ口を叩くところだ。いくらお前をきれいだと思ったってそうやって。今までずっと。

「…いつまで見てんの」

顔を上げた女が、憎々しげに俺を睨む。保健室に備えつけの白いタオルを鼻から下に押し付けて、そいつはまだ両目からおびただしく涙を流している。

「ぶっさいく」
「顔見えてねーっつの」
「化粧剥げてんぞ」
「知ってる」

いつものらりくらりと色々なものを避けて通る名前が初めてばか正直に真正面から突進していった相手が相手だったので、こいつも案外なんも考えちゃいねーんだなと思った矢先のこれだった。身の丈に合わない猪突猛進をしかけたばかを、別に笑いに来たわけではなかったし、どちらかといえばなぐさめに来てやったような、そんなようなところなのにこいつときたらこの態度だ。
なのに黒い強調線の消えた目の辺りは、そこはかとなくいつもより覇気がない。

「しおらしくなってんじゃ、ねーよ」
「なってないけど」
「自分で言うか」
「なに、もう。ほっといてよ」

別にお前をきれいだと、改めて女なんだと、気付いたところで俺にはどうしようもない。

名前は身体にかけていた毛布を鋭い手つきではねのけて、ダルそうに身体を起こした。まくれた制服のスカートをぺっと適当に直してから、ベッド下にきちんと揃えて置いてある上履きにつま先だけ突っ込んで履くのをめんどうそうにしてぶらぶらさせている。どうでもいいけどお前さっき思いっきりパンツ見えてっから。

「で、なに」

言いながらまだ名前は泣いていた。タオルをひっくり返して目元にあてがい、あーあ、だとかやる気なくため息をつく頬を涙が落ちていく。

「お前、そんな平気な顔してるくせに泣いてんじゃねーよ」
「別に平気じゃないから、ほっとけ」

ぶらりと揺らした足の先から上履きが抜けて飛んで、名前が、あ、と変に細い声を上げた。それをおもむろに拾って近付くと、名前はうつむきがちなままどことなく恨めしそうに「ありがとう」と口走った。その名前の足元に上履きを放る。改めてくたびれた上履きにつま先を入れて、名前はまたひとつ溜息をついた。
向かいのベッドに座って身体を乗り出した俺に顔を覗かれるのを嫌がるように、名前は髪にさわった。黒い髪は窓から入る日の光を受けて赤茶けた色にすけている。

「見ないでよ」
「見たかねーけどよ」

手を伸ばした先の届く場所に、流れ落ちるような黒髪。白い顔。タオルを握りしめる指。

「なあ、泣くなよ」
「考えとく」

ぼろり、とまた顔の上を涙が落ちる。名前はまばたきする度に泣きながら、俺が口の中でもう一度、泣くなよ、と言ったのが聞こえたみたいに一瞬はっとして、その顔に向かって伸ばした俺の手を叩き落とした。

「青峰」

名前の声がうわずっている。色の薄いくちびるがわなないた。無表情じゃなく本当に、ふつうの泣き顔みたいに情けなく眉を下げる名前の顔に俺の指が届く。

「お前、マジでバカな。…俺がただなぐさめるために来るわけねーじゃん」

お前はきれいだし強気なところだって愛嬌がある。知ってたけど今まで譲ってやっていた。お前の片思いがあんまりいじらしくて。かわいいとこあんじゃねーかって。

「好きなんだよ。知ってたろ」



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