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女はこの日、部屋に男の本妻が訪ねてきたのを招き入れて茶を振る舞ったという。舌戦の末に花瓶が割れても頬を張られても、終始穏やかな調子でいたのだから恐ろしい女である。
本妻に何を言われたのかと思えば世良と別れろ、とのことで、その佳境の頃合いにちょうど部屋を訪れた真島が、女がゆるやかに首を振ったのをぼんやり見つめる中、もうお別れしています、と女は言った。


本妻に彼女の存在が気に食わなく思われるのは当然だった。名前がこれまで巧みに情報の漏洩を防いできた努力も水泡に帰し、本妻のカチコミよりも先に彼女は世良本人と別れ話をつけていたのだという。


「世良のおっさんに泣きついたらよかったやないか。あのおばはんがいじめるんですーいうて」

「そんなことで手を煩わせたくないですし、第一あの方の沽券に関わりますよ。恥、かかせられません」

「堂々と愛人しとったくせに今さらやろ、そない細かいこと」


そうなんですけど、と言って女は苦笑した。小娘小娘とバカにしてきた若い女の、鈍く光る目に底知れぬ意思を感じて真島はふいにそうせざるを得なくなり口を噤んだ。
女は齢22の小娘で、東城会三代目会長に囲われた世間知らずの愛人で、情報屋の使い走りで真島組に出入りしている。彼は彼女をそう把握し、見くびってきた。
もちろんその認識は大体間違いではなかったし、名前は見くびられても何ら反論の利かないような仕様のない女だった。ただ真島は、彼女が本気で世良勝を愛していることに今さら思い至ってガラにもなく狼狽しているのだ。


「でも私、今の内に手を切られて正解だったと思うんですよ。年取ってから、年食った愛人に用はねーよなんてふられちゃったら本当、卒倒もんですし」


床に散らばったガラスの破片を拾い上げる手を止め、名前は顔を上げた。からからと陽気に笑う、その行き届いた化粧をした顔は、真島の組事務所を訪れる無愛想なすっぴんの女の面影などかけらも感じさせない。


「本当、若いから手出してもらえたんですよね。確かに取り柄なんてそれくらいですけど嬉しいやら悲しいやら」


彼女はふるえる声でよく喋った。口元の微笑が揺れる。涙がこぼれんばかりに目に膜を張っていたが、ほろりとも落ちる気配はない。

「今日はツイてないですね、真島さん。女の修羅場なんか見て」

「どうとも思わん。あ、うそや。アホらしなあ思てたわ」


大小のガラス片を新聞にくるんで立ち上がった名前が真島の横をすり抜けた。
女であることに正直な彼女の横顔は美しかった。


「わしが思とったよりもジブン、ええ女やったんやな」

彼女は振り返って真島の隻眼を見返すと満面の笑みを浮かべ、誇らしげに言った。

「そうですよ。世良の愛人やってましたからね」
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