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私が元から変な男に捕まるタイプなんでもう色々しょうがないとしか言いようがなかった。そう思うしかなかった。まだやり直せるしくじけてないし折れてもいないんだけど、でもやっぱりこういうものは本当にどうしようもなくて好きになってしまったと思ったらそこからはもう転がり落ちていくしかなかった。


教室に忘れ物したから先に帰って、と言ったのは、別に嘘でもなんでもなかった。確かに、持って帰らないと宿題がままならなくなる問題集を忘れていた。だからみんなが昇降口を出て行ったのを見送ってから走って戻った。2階の教室に。本当は誰かに聞いてほしかったのにあんまり惨めなのでそうすることができなかった。何度も何度もくっついたり離れたりを繰り返している私たちのことを、今さら本当の本当に別れたよ、などとみんなに報告して何になるものかと思って。たったそれだけ。今度こそ本当に捨てられてしまった。誰かに言うことでそれを強く強く自覚することになるようでおそろしくて私は。
机の中から取り出した問題集をカバンに詰めて踵を返し、今度はゆっくりと階段を降りる。こんなところでは泣けない。
下駄箱のところまで来て目を疑った。昇降口のところに仗助が立っている。ひんやりとすっかり冷えたローファーに足を入れて、もう一度走ろうかと考えている内に仗助が振り返って私を見た。寒そうに鼻をすすった仗助が小さく、よォ、と呟くように言う。私はこの小中高と学校を共にした友人に対していつもみっともないところばかり見られている気がして、つい目をそらした。


「先帰ってって言ったのに」
「そーんなぶちゃいくなツラしてっからッスよぉ」


彼はからかうように言ってからまるで先導するようにさっと背中を見せた。私がこれ見よがしにつけ続けていた右手薬指の指輪がないので、彼は既にだいたいのことを察しているようだった。


「ほら、突っ立ってねーで行こうぜ」


私が握り締めていた拳を、上からやんわりとその大きな手で包んで、仗助は照れ臭そうにこちらを見もせずに歩き出す。私はいつものように彼に向かって、聞いて、とは言えなかった。ねえ聞いて仗助、あのね。いつもそうして彼に何でもかんでも聞いてもらって、時々は彼の前で泣いたこともある。


「優しいね、仗助」
「俺はいつでもやさしいだろーが」
「うん、知ってた」


知ってた。復唱して、彼の骨張った指に自分の指を絡めてみると、本当にほんの出来心だったのに仗助はその手をぎゅうっと握り返してきて、私たちはそのあと無言で帰り道を歩いた。どこかへ寄り道をするでもなく、何か話すでもなく、ただゆっくりと私の歩幅に合わせて歩く仗助の手が暖かくて、階段でこらえたはずの涙が出てきそうで困った。鼻をすする。風がとても冷たかった。信号で足を止めると、通りの向こうの店のショーウィンドウに私たちが並んで立っているのが映っていた。手をがっしりと繋いでお互いに仏頂面で。


「お前ってマジ強情な」
「うん」


私はもう一度鼻をすすった。仗助の手はずっと暖かかった。信号が青になる。仗助に手を引かれて横断歩道を足早に通り過ぎながら、結局泣いた。

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