「会いに来てはった男の人、彼氏さんですか?」 「ん?……ただのトモダチ」 その人がそのときそう言って意味深に笑った顔を俺は忘れられずにずっと。その人は今でも、俺には見向きもしないオトナの女に見える。横顔ばかり、むしろ横顔しか拝めへんような時間が長かったからやと思う。その人に好かれる想像を何度もした。あの人に好かれるゆうんはどういうことやろか。俺の貧困な想像力は、ずっと昔にその人が子供の俺に優しくしてくれた頃と同じ場所で止まった。やさしい声で名前を呼んでくれるところに始まり、真っ黒だった俺の頭をゆっくりといつくしむみたいにして撫でてくれるその人の姿で終わる。思えば五つも上の彼女にとって俺なんかはいつもそんくらいの程度のもんでしかなかった。弟。「廉造はかわいいなあ」がたぶんもろたことのある中で最高の褒め言葉で、ほんで、以降なし。いよいよ兄に似てきたな、と会う度その人は笑う。 「名前さんって今、彼氏いはりますの?」 「おるように見えんの?」 この稼業で、とその人は続けて、すぐに俺の方を見返す。 「廉造こそ、あないがっついといて、おらんの?」 いじめっ子の顔で笑ってから箸を膳に置き、彼女は足を崩した。どないなん、と楽しそうに頬杖をつきつつこの人は少しも俺の目を放してくれへん。 「おりませんけど、まあ好きな人くらいはおりますよ」 「……」 「なんすか」 「…チビの廉造と恋バナする日が来るやなんてお姉さん、感慨深いわあ」 眉間に指の背を押し付けてうなだれたようなポーズ。名前さんはぽつりと、年取るわけやなとため息をつく。その一言に何でか頭をぼかりと一発やられたような気持ちになった。年が離れていることはもうどないこないもどうしょうもないことと分かっとって割り切っとって、中学の半ばからは達観の域で、せやのに何やこれ。 この人はいつも俺には見向きもしないオトナの女で、その彼女にとって俺はまだまだチビの廉造で、……いや、ぶっちゃけふつうにそんなん嫌やし。 想像はつかなくてもあなたに好かれたいと思てんのは本当です。 「名前さんやねんけど」 「ん?」 「好きな人」 「…あんな廉造」 「……はい」 「金造と柔造さんと約束してん、私」 「はあ」 「かわいい末っ子のこと、取って食わんようにしますって」 ×
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