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「月島くん?ってさ、名前これ、ホタル?ケイ?」


疑問符いっぱいの質問に月島は遠慮なく眉をしかめた。男でホタルなんて名前そうそうないだろ、と言い返すのもバカらしいように思えたので、「ケイ」とだけ答えた。月島と彼女は高校で初めて知り合ったというのにまだ入学して日の浅い内から、気が合ったというのか会話のテンポが合うというのかとにかく話だけはたくさんとりとめもなくするようになって、いつの間にか仲は悪くないと互いに自負を持った。名前の順で並んだだけの席から、認めたくはないが彼自身離れがたくなっている。
授業中、ノートに諸々を書き込むシャーペンを握りしめる指先や、机の下で携帯をいじったり文庫本を開いたりする手。やる気もなくだらしなく笑う、月島と話すときの彼女らしくもなく真剣な目。
まだそういう目でお前は僕を見たことがないよな。彼女に向かっては絶対に言わないだろうと彼は思う。
敬語だけは型通りに話すことのできるいやにさらりと冷たい声も。


「やっぱりお前がくん付けとかキモいね」
「敬意を払った結果がそれかよ」


彼女はがさつな話し方をする。見た目だけなら立派な女子なのに、と月島は常々思うが本人に言おうとは思わなかった。


「読み方ホタルだったらギャップで可愛かったのにね」
「僕に可愛さ求めんのお前?身長190近くある男に?キモいね」
「さっきからキモいしか言われてないね私」
「自覚ないの?ていうか傷ついちゃったとか?」
「別に傷つかないけど」


眠気からくるぞんざいさを隠しもしない物言いの月島に対して、机に文庫本を出してページをバラバラとめくったり閉じたり、彼女の手元は忙しない。月島は、とがさつなのにいつもどこかしらに静けさのある彼女の声は続ける。


「名前で呼ばれたりすんの?」


ケイって。ぱたん、とやけにはっきり文庫本を閉じる音がした。彼女は今にも机に突っ伏して寝始めるような体勢の月島を見ている。


「呼ぶ奴は呼ぶけど…それが何なわけ」
「ホタルって呼ぼっかなって」
「は?」
「ホタルーつったら苗字さんが呼んでるみたいな」
「…別にお前に呼ばれたの分かんなくても困んない場合はどうお断りすればいい?」
「困る困んないじゃないんですー」


今度試合見に行って大声で呼んで応援してやろっかと彼女はにやにやしている。そもそも試合に来んな。あくびと一緒に呟いてから、組んだ腕に額を押し付けて月島が完璧に寝る姿勢になると、彼女は「冷たーい」と妙に甘ったるい声で言ったあとは何も言ってこなくなった。
ホタル。そんな呼び方をするのは確かに彼女だけだろう。
がさつで気さくで冷たくて、時々彼女はずるい。


「苗字限定のあだ名はいやですか月島くん」


授業が始まる直前。狸寝入りを看破してでもいるようなはっきりした問いかけに月島は答えなかった。


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