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※大学生パロ




彼と付き合うことを、想像しなかったわけじゃない。
なんたって同期の中では私が一番仲がいいし、ときどき彼が私を見るときに甘い目をしていることだって知っている。
だからって、本当に付き合うかって言われたらどうなのよって聞かれたら、それはちょっと未知数です。…どうなのよ。




「好きなんだけど、名前ちゃんのこと」


うちらの代が最上級生に上がることを憂えていたのはたぶんこの人ばかりでなくきっとみんなそこそこにはらはらしてたんじゃないかなあと思う。先走りすぎる奴、返しが適当すぎる奴、人の話聞かない奴、のらりくらりとやり過ごそうとする奴、何事にも関係ないって言いきる奴エトセトラ。まとまりと秩序と団結0のそんなうちの代を心配しないOBなど、今年卒業していったうちの先輩方の中には1人としていないわけだ。


「今、なんの話でしたっけ?」


大学も4年になって就職がどうこう、そろそろ下の代への引き継ぎがとか引退がとかの話題がちらほろ出始めた今日やこの頃。4年もやってきてるので同期内の、ビジネスライクに近かった関係もそこそこの信頼の色を帯びてきた気配を感じている。
そして就職はしたもののたまに暇を見つけては身体を動かしにふらりと練習に参加してくださるOBの先輩を前に、私は今の今まで何ということのない世間話をしていた。はずだ。
練習終わりに駅まで送ってあげるよと言われて後輩たちからのブーイングに華麗に手を振って先輩のバイクに2ケツさせてもらって、みんなよりずいぶん早く大学の最寄り駅に着いた。たぶんみんなまだ学バス待ってるかようやく乗る頃ですかね。私が笑ったのを見て、先輩は唐突に。


「俺様が名前のこと好きって話」
「…その前の話題が何でしたっけ」
「あいつらまだバスかなって話」
「ですよね」


駅前、学生の団体が飲み屋にわあわあ騒ぎながら出たり入ったり。コンビニの店先で煙草を吸ってる男が、空箱を握り潰して捨てた。
周りと流れている時間が違うようだと思って道端の時計に目をやる。仰いだ顎をこれも唐突に先輩が引き戻すみたいにしてくいっと位置を修正した。私は先輩を正面から見つめる。名前を呼ばれる。名前。はい、と答えた自分の声は驚いたことに内心の緊張でひっくり返るどころかなんだか冷たかった。
彼と付き合うことを想像しなかったわけじゃない。ただそんなの妄想の範疇で、正直言うならこの猿飛先輩は失礼ながら、本命として付き合っていくのには不向きな男と私は理解しているのであって。一番仲いいからって調子乗ってました。私の顎を軽く挟んだままだった先輩の指先が、そっと顎の輪郭を覆った。
私はバイクのシートにふざけて乗っかっていたのを後悔した。私に居場所を追われてバイクのかたわらに立っていた猿飛先輩は腰を屈めていとも簡単にキスのできる距離まで顔を近付けた。
瞬間、往年のCMのワンシーンが頭の片隅をよぎる。選択肢書いたカード4、5枚広げて、どーすんのよ俺?ってあれ。
カードが、私の目の奥でも展開する。
お断りする、流す、弄ぶ、よろしくお願いします…その他…
……え、どーすんのこれ。


「…先輩」


耳に届いたそれを先輩はどうやら私の了承と取ったのか。ふと唇が先輩の唇でふさがる。退路のない呼吸が合わさった唇の間から漏れて出る。私が自分の手で目の前にかざしていたカードは突如として現れた先輩の手にぺしりと可愛らしく叩き落とされた。……あーあ。こりゃだめだ。
内心で諦めのため息をついていると、学バスからどやどや降りてきた連中が停留所の近くに停まった先輩のバイクと、そこのサドルに座った私と、その私の顔に手を添えたままの先輩とを見つけて一瞬ざわりとしたのが聞こえた。
だってあれ名前先輩たちですよなんすかあのふたりやっぱりできてたんじゃないすか!
ばかお前じろじろ見んな!先輩の努力を察しろ! 
……丸聞こえだよばかだなあいつら。


「先輩の努力って?」


私から手を離して頭を押さえてしまった先輩にわざとらしく首を傾げてみせると、あーあ…とため息混じりに。


「この際言うけど俺、かなり本気で好きだから、名前のこと」


私の脳内では発言の8割を占める悪魔が、散らばった裏返しのカードの中から1枚、迷いもせずに拾い上げて、ぴしりと指先でこちらに提示する。たった一言。「私も」。戸惑っている私に向かって私の中の悪魔が首を傾げる。そうでしょ?と。
…本命に向かない男だと結論付けたくせに、でも本当は好きなんです諦めたかっただけ、なんて。調子がいいのは残り2割の天使の方だ。


「…先輩、明日ってお暇ですか」
「え…まあ、うん」


デートしましょうか、と私が言うと、先輩は私の手をとって笑った。

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