| ナノ ※現パロ高校生


並んで歩くとき私の手をとるのはもうあいつの習慣みたいなもので、私だって嫌じゃないからそのまま指を絡めてしまうけど、でもよく考えてみたら私とあいつは別に彼氏と彼女とかそんなんじゃ全然なくて、じゃあ何かって訊かれたらちょっと返しに困る。昔っからの付き合いですよ。ええ。でもそれ以外じゃありません。以上でもなければ以下でも、そして以外でもなかったりします。
そりゃあキスまではしますけど。でも本格的な肉体交渉とかしてないですもん、それってセーフじゃないですか?……そりゃあ、お互い彼氏も彼女もいないから実はそういうスタンスでいて自惚れていても許されるような気だってしてるんですけどね、私は。あっちがどうか知らないからちょっと身動き取れないかなって、それだけですよ。とりあえず今は現行の立ち位置でオッケー。今のところはね、一応、ね。



「それって何、要するにあいつのこと好きなの」


呆れ返ってため息をついた友人の肩の向こう、伊達が自分の席で真田や猿飛となんだか楽しそうに騒いでいる。あんなまるっきりガキみたいなガキ、本気で好きかなんて聞かれたらそれはあなた、さすがに心の広い私だってノーって言ってしまうよ。
制服のリボンが曲がっているのを直しながら、私はじっと考える。あいつを好きだと思ったことならある。私とあいつの精神的な年齢がほぼ並んでいた頃なら、私があいつを男として好きだったのも納得という話で、今はつまり私があいつを追い越してしまったからたぶん好きなんていうのは惰性の情というやつに違いないのだ。だって今さらあいつを好きだなんて言ってしまったらなんだか間抜けだ。今までいくらでもそうやって思う機会もそれを告白するチャンスもいくらでもあったんだから。
今さら、あいつをちゃんとした男として好きだなんて言ってみろ。……実際、あっちの動き方次第だけど。


「まあまあ私のことはいいから」
「また秘密主義ですか」
「まあね」


肩越し。目が合った。だから何って話ですか。あっちがにやりと笑う。私が苦笑いして首を横に振ると、あいつはすこぶる面白そうだ。ガキか。……いや、ガキだったね、そうだったね。




放課後の廊下にオレンジ色の光が差す。影が縦長に伸びて私の足が細長く後を引く。その後ろから上履きのゴムがこすれる音が追いかけてくる。なんとなく予想はついていた。私を追い越さずに走ってくる足音は止まって、ブレザーの肩に案外たくましい腕が回る。振り返り様、うまい具合に唇だけがぶつかった。もう秋が終わろうかってこの涼しい季節に彼の舌は熱い。ブレザーの内側、カーディガンを着た腰にするりともう一本の腕が回った。私がその薄い胸を押し返そうとしていることになんてお構いなしに、身体ごとぐらりとその辺の教室に押し込まれる。別にキスするのはやぶさかじゃないんだよ、本当に。好きだよ、普通に。気分いいことなら何だって好きだよ、当たり前に。
知りもしない誰かの机に身体を倒されて引き続きやらしいキスなんかしている間に色々と考えるのが面倒になってきて、こんな適当な関係を続けていられるわけがないのに、なんてシリアスな呟きは自分の中でさえなかったことになる。この男を本当に好きかどうかなんて今のところは関係ない。
そういうことにしておきます。火傷したくないんで。
一度、私の唇を名残惜しげに舐めてから少し離れて、伊達は私の顔を覗き込んだ。とろりと溶けた左目。男に見えてきちゃうからそういう顔するの、やめてほしいなあ。……っていうのはひとり言ですけど。


「お前なんか別のこと考えてんだろ」
「別のことって?」


伊達の顎の線を丁寧に指でなぞってやりながら私は聞き返す。口の中に残ったキスの余韻で気分がよくて、私の指先は今特別やさしいはずだ。


「男のことだろ」


私の指先に自分の指を絡めて自分の唇に押し当てながら伊達は意味なんてなさそうに少し笑った。今、作り笑いする意味はなに。……一瞬邪推した。
お前なんか男じゃないって思わないでは平静でもいられないくせに。


「はずれ」
「じゃあ何だよ。やけにぼうっとしてんな」


お前なんか男じゃない。けど余韻に浸りたくなるレベルでキスはうまい。つまりそういうことだけどそこんところ察せないんだね。……ガキ。


「ね、伊達」
「あ?」
「もう一回」


まあ別に察せなくても責めやしない。その方が私だって気が楽だ。伊達の首を引っ張り寄せてキスをする。何にも考えていやしないことくらい、まるっきり子供みたいだってことくらい、私はちゃんと頭で分かってる。……頭で。


「なあ」
「ん?」


お前なんか男じゃない。私だって女じゃない。私たちの間で性別は迷子です、性差のない頃からずっと長いこと。


「いや、何でも」


伊達の眉間に漂ったなんとも言えない未消化な何かを、私たちはお互いの唾液に溶かしてしまった。別にはっきりさせたいんじゃないし。私はね。そっちがどう出るかまだ待ってる段階だから、つって私が逃げてる間に、伊達に特別な女の子ができる可能性もなきにしもあらず。
この際自分には認めておこう、私はこいつがどんなにばかでガキで阿呆かをよく知っているつもりだし私なんかとこんなことをだらだらと続ける彼を惰性で見放さないだけとか見栄を張ってはいるけど、いつ他の誰かのものになったっておかしくない彼を意地でだって放したくないと思っているのだ。たとえば女としてじゃなくたって、私がこいつにとってのとにかく何か特別な存在だと思っていたいのだ。そのとろけそうに甘い左目に、時折であっても私が映るのは当たり前であってほしいのだ。


「……なあ」
「だから、なに」
「この際これだけは言わせろ。でなきゃこんなことやってらんねえ」


なんなの。問い質す口調になった私の口を一度わずらわしげに塞いだあとに、伊達は私の喉に鼻先を寄せた。


「好きだ」


薄暗くなりだした教室は肌寒くて、私は制服のスカートから伸びる自分の生脚を伊達の脚に絡めた。いざそうやって改めて言われてしまうと私は本当に惰性に甘えてきたことを痛感してしまう。こんなにあっさり言ってしまって平気だったのかなんて、うっかり驚いた。やっぱり私のこと好きだったんだなあ、なんて初めて手を繋いで歩いたときと同じことを思った。


「で、お前は?」


頬を撫でる骨張った手が温かいことになんとなく安心しながら、これからこの手は私のものなんだろうかと一瞬。


「ずっと気付かなかったわけ?」


こんなに好きなのに。髪を梳く私の手を引いて、伊達は私の身体を起こさせた。子供みたいに不安げな、ちょっと泣きそうな顔をして、それから本当にただぎゅうっと力いっぱいに私を抱きしめる。だから私もただそっと抱きしめ返してやることにした。
そっちが私をどうしようもなく好きだって素直に言うんだったら、ずっと様子見だった臆病者でもやっと確信を持って自信満々に言えるってものだ。


「好きだよ。……本気」


とたん、首筋に熱いやわらかさが当たって少し痛んだ。……見えるとこに付けるとか独占欲丸出しかよ。
………いや別にいいけど。

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