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こんなはずじゃなかった。少なくとも、こんなことになるつもりじゃなかった。本当に。




「帰っていい?」
「帰っちゃうの?」
「勉強しないとやばいの」
「しなくても頭いいじゃないですか」
「そりゃそうですけど」
「今のは否定してほしかった」
「知らないし」


受験生なめてんの、と私が食ってかかると仙道は相変わらずにこにこへらへらして私の首筋に口をつけた。ゆっくりやんわり歯を立てて、そうして味わって食べる。仙道は、私がこいつをもっといろんなことがずさんな男だと思い込んでいた頃には考えられないような、ていねいなしぐさをする男だった。
……本当はこんなつもりじゃなかった。
仙道のせいで私にはビッチのレッテルが貼られたし変な噂が立つようにもなった。いやだいやだ有名人と関わるもんじゃない。そんな悠長に構えていられたのも最初だけで、いつの間にか私の方が仙道にハマっていることに気付いた。これが世にいう恋。なんてことだ。そんなものが私に似合うなんて木っ端ほども思えない。


「な、本当に帰っちゃう?」


現役バスケ部の腕力で捕まえられたらそりゃ逃げらんないよ。言い訳がましくため息をついて仙道の首に腕を回す。この男は誰が相手でもこんなていねいなキスをするんだろうか。意味のない邪推を嫉妬と認めたくないばかりにキスの回数を重ねる度に、自分がみっともない女のように感じてえずきそうになった。なんと言っても恋くらい私という奴に不似合いなものはない。
どうせ明日の午後に廊下ですれ違う頃にはまるで他人って顔ができるくせに今こうやって甘やかしてくれるからって甘えてる。頭が悪いんだ。あとで結局、こんなことでいいのかなんて思うくせに。
後輩にたらしこまれてる暇があったらもっと他にできることがあるんじゃないのと思うことだってたくさんある。つまりは受験生なんだから勉強しろという話で、正直な話、自分の成績がそこまで目に見えて下がらないのが不思議でならない。こんなつもりじゃなかったとかこんなことしてていいのかとか、何度も考えて。
それで結局この部屋に戻ってくる。


「仙道って彼女作らないの」
「結構酷なこと聞いてますよ、それ」
「別に私のこと好きじゃないっしょ」
「何言ってんですか。こんなに一途なのに」


………信用ならないんです、なんて。
ごつくて大きい手のひらが頬を撫でる。帰るのはもう諦めた。どうせYシャツは洗わせてもらえばいいしブラもパンツも仙道の部屋に2セットくらい置きっぱなしだ。
仙道が年下のくせしてやたらに包容力を発揮してたりしなきゃ私だって引っかかんなかった。女関係ルーズなくせに包容力のある男って何それずるくないですか。
本当は、好きだって言われたらそのまま鵜呑みにしたい。…信じたい。
たぶんもう一押しされたら落ちる。だって何度考え直してもこいつが好きだ。たとえどんなに恋というやつが私に不似合いでも。


「好き、好きだよ、名前。俺と付き合いませんか」


ずるい男の見計らったような一言を、鵜呑み。


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