「人も羨む顔面の奴が人が羨むような才能まで持ってるって、理不尽極まりないよね」 「…………学年二位の才女が何言ってんですか、先輩」 「二位ってのがね…いや、ていうか何で順位知ってんの」 「三年の廊下、こないだ通ったんで、たまたま」 あっそ、と返した私の横で仙道は相も変わらず温和に見せかけた微笑を浮かべている。うさんくさい。しかし頬杖をついたとかってだけでもこの男はそんなところまで様になるとかキャーキャー言われるんだからたまったもんじゃない。いや、そこまでいかないか?でもイケメンってやっぱり好きじゃない。ツラがよけりゃオールオッケーですかそうですか。………卑屈すぎた。単に横にいるだけで嫉視されるのが勘弁というだけで、別に仙道の顔面が嫌いなわけじゃない。顔のキレイな人は男でも女でも目の保養。そういうもんだと思えばストレスも溜まらない。 「そういう君はテストどうだったの、仙道」 「あー……あはは」 「ギリ?」 「まあ、そこそこですかね。そこそこ」 「そういえば仙道って勉強してるイメージないな」 「そんなことないですよ。先輩こそ、元ヤンなのに頭いいなんて理不尽じゃないですか」 「元ヤン言うな、むしるぞ」 「え、何を。……ほら、そういうところですよ先輩」 陵南高校きっての有名人と私が顔見知りなのには大して深くもないけど理由がある。廊下でぶつかって仲良くなりました。はい終わり。いやまあそれだけじゃないけどね。これでも身長167ある私をいないものみたいにダンプカーみたいな仙道が懲りずに何度も吹っ飛ばすからいけないんだ。 とりあえずその辺の仙道ファンの子には悪いが私たちはたまに会ったら話すくらいの関係で、妙な邪推をされるのは大変迷惑だ。色々勘違いされてリンチされそうになることもないではないが、まあ小娘共の考えなんか浅いもので、私が脇目も振らずに逃げるなんて考えつきもしないのだった。いやいや無理だよ、さすがに五人とか六人とかに囲まれたら何もできないからね、漫画や映画じゃあるまいし。女子の細腕でそんなヤバいことできませんから。 なんつって逃げ回っている間に若干ほとぼりは冷め、最近はめっきり何も言われなくなっていた。こっそり陰口は言われてるらしいと友達やら後輩やらからは聞くが、私の耳に直接入ってくることはない。 仙道と話すことがちょっと前はほとんどなくなっていたのに、最近また増えたのはそんな事情もなきにしもあらず。 「あ、そうだ。部活、見に来てくれないんですか?」 「……懲りないね」 「粘りますよ、行くって言ってくれるまで」 「粘られても…」 「見に来てくれるだけでいいですよ。まさか声張り上げて名前呼んでくださいって言ってるわけじゃな」 「やだ」 「…やだ、って先輩」 無理やり遮ると、元々ちょっと下がり気味の眉毛をまた下げて仙道は私を見た。こんなでかい図体してんのにその目が子犬のようだわなんて私は目がおかしいのかもしれない。 だいたい彼は最近になって会う度に同じ話題を同じように振るけども、いったい私に部活見に来させてどうしようと言うのか。かっこいいとこ見せます?みたいな?いやまさか。だいたい見に来る人とかそんなに多くないっていうか、アウェイ感が尋常じゃないでしょそういうの。そもそもバスケってまともに見たことがない。それこそ体育のお遊びみたいなバスケくらいしか。 その私に、本当は名前叫んでほしいのかよ、とちょっと思ってしまう。だってそういうことじゃないの、今のって願望混ざってたんじゃないの?これこそ邪推だけど。いや自惚れだけど。 仙道が私を好きらしいと風の噂にちらっと小耳に挟んで知ってはいたけど、それはやっぱり邪推に思えた。仙道の奴、女の子には興味ありませんが女体は好きですって顔しやがって。バスケでもしてろ。 あれ?でもそういえば 「………仙道くん」 「はい?」 「下の名前、何だっけ?」 「うわ、ひでえ。まさか本気で言ってます?」 「……………あ、きひろ」 「彰です」 「………ごめん」 「別に構いませんけどね。これから覚えといてくれるんなら」 「覚えたよ。彰ね、アキラ」 「本当かな。二週間もしたら英単語とか上乗せされて俺の名前埋まりそう」 「そんな薄情じゃないって」 「………本当かな」 仙道が苦笑する。ああちょっといいな、その顔。 時々風が強めに吹く度に吹き上げられる制服のスカートの裾を気にしながら、フェンスに寄りかかると、ぎしりと不安そうに軋む音がした。 屋上っていいよね、だいたい誰にも覗き見とかされないし。そもそも立ち入り禁止だし。 「仙道彰」 「何ですか、苗字名前先輩」 「君、でかすぎだよ。見下ろさないでくれる」 「そんなの今さら……ていうか、この身長差でどうやって見下ろすなと」 仙道はちょっと困ったように眉を八の字にすると、私が寄りかかっているフェンスに指を絡めた。ちょうど私の顔の横。覗き込んでくるイケメンに何を言ったら正解かまるで分からなかったので私は目を逸らした。 仙道という奴は、のらりくらり適当ぬかす不敵な奴だ。本来は。一緒にいると困った顔ばかり見るが、バスケ雑誌の表紙を飾ったエースプレイヤーはそんな顔をしないと知っている。練習は一度も見たことがないけど一回だけ、試合は見たことがある。女の子たちが黄色い声張り上げて、仙道くーん!って、すごい声援。何がどうなのか展開が早くてよくは分からなかったけどバスケしてる仙道は破格にかっこよかった。そんなんありか。 だからちょっと練習は見てみたい。黄色い声を上げる気持ちも分からなくはない。 「何?……近いよ」 「苗字先輩が部活見に来てくれたら俺、がんばれるんですけど」 「いてもいなくてもがんばれよ、それは。スター選手なんでしょ?」 「スターっていうか……うーん…」 「そういえば君のことあんまり知らないや、私」 「だって先輩、訊かないし」 「なのに私は元ヤンとかバレてるし」 「それは、端々に出てますもん。隠してもしょーがないですって」 「じゃあその元ヤンに構わないでよ君は」 目が合った。ものすごい近距離で。見下ろすなとは言ったけどこんなに近いとおちおちまばたきもできない。笑っただけで息がかかるとか、それって彼氏と彼女の距離だって分かって…るよ絶対そんなの。そりゃ仙道だし。女関連のお噂はかねがね。最近あんまり聞かないけど。 これって自惚れてもオッケーなラインなの? 「…ね、先輩。訊いてくれたら俺、何でも答えるんですけど」 「何訊いたらいいか分かんないし。………あ、ごめんあった、訊きたいこと」 「はいはい何です?」 「私のこと好きって噂、まさかだよね?」 一瞬、ふらりとあてどなく仙道の視線が揺れた。勘違いだったら痛々しいからこんな言い方したけどね、ぶっちゃけそうだったらな、なんてちょっとね。思ったりする。 仙道は何も言わない間に暇してた方の手でもフェンスを掴んだ。両腕で囲われた格好になって始めて、がっちり筋肉のついた腕を横目で見て、これで口説かれたら私絶対落ちるわとか思った。 「まさかって思います?」 「こういうことされたらそれはね」 「じゃあ良かった」 聞き返す前に口が塞がった。ぎしりとフェンスが不満げに鳴る。私は君のこと好きだよなんて言う必要がなくなってしまったので目を閉じて、仙道の首に腕を回した。たくましい身体しやがって。 あ、名前知らないとか嘘です、ごめんね。 |