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別に私だって恋人が仕事人間なんて経験がないわけじゃないしそもそもあいつとの付き合いが長いんだから特になんとも思わないと言えば思わない。それにほら今たぶん一番忙しい時期だし、あいつって誠実が鎧着て貞潔を守りながら歩いてるような男だし。憚りながら割と私だって魅力はある方だと思うし。むしろそう思ってないとやってらんないし。

けどこんなに寛容な私にだって色々と思うところがあるわけだ。言わないだけで。



「………久しぶり」



フレンが来た。噂の騎士団長閣下のくせに気安く、下町にひょっこり顔を出した。休みなんか取れたの、と訊いたらちょっと笑って取ったんだよ、だそうだ。

星食みが消え、世界が平和になってこちら、私は自分の所属するギルドの皆さんからいい加減休めと叱られてほぼ強制的な休暇を頂いていた。働きすぎだとかなんとか言われても、だって今が一番忙しい時期じゃないか。反論もむなしく私は帝都の下町、自分の家に帰ってきた。魔導器が無くなった今、人手が入り用で、情報の伝達が最も重要というこのときに、よりによって外されてしまったのだからみんなに言わせたところのワーカホリックである私は最近、思いきり暇を持て余している。だから自分の家の階下でやってるベーカリーの手伝いをして復帰の呼び声がかかるまで日々を過ごしていた。フレンはもちろんそのことを知っていて来たのだ。


「何か用なら、うち上がってて。すぐ行く」
「分かった。じゃあお邪魔してるよ」


この建物は三階建てで、一階はベーカリー、二階は経営者夫妻の居住スペース、そして三階が私の家だ。一番昔から住んでいるのは私だから、フレンはこの建物の勝手をよく知っている。伊達に十年以上も幼なじみをやってない。
外の階段を登っていくフレンの足音が、ベーカリーの壁にすこし響く。カウンターの内側に立っていた奥さんが、いってらっしゃいと促してくれて、私は屋内の階段を使って上へ向かった。
いったい何の用で、と思って、すぐに自分と奴が恋人になっていたことを思い出した。それに幼なじみだろうが恋人だろうが、大した理由もなく会いに来るなんてザラにあったことだ。何か用なら、なんて野暮な言い方だっただろうか。
踊り場で立ち往生しているフレンの姿を見つけて、部屋の鍵を出す。フレンは特に何も言わずに私の動作を見守って、ドアが開くと私が先に入るまで大人しく待っていた。


「何か飲む?」
「いや、いいよ」


フレンはすこし痩せた気がする。星食みの騒動のあと騎士団もギルドもそれぞれ大わらわなんだから騎士団の統括が忙しくない謂れはない。だからフレンはここのところ働き詰めだっただろうにわざわざ何だって私のところに来たのか。よく見るとフレンの目元に隈が目立っている。徹夜何日目だこの男はバカか。


「フレン、ちゃんと食べてる?」
「うん?…ああ、食事はちゃんと摂ってるよ」
「顔色悪いけど」
「…実はここ何日かまともに寝てなくてね」
「休みとれたんなら大人しく部屋で寝てれば」


いいのに、と続けた損ねた声が喉の辺りで引っ掛かった。
フレンはその腕で私を巻き込みながらソファの上に倒れてしまった。しりもちをつくように座り込んだ私の膝に頭を乗せて、フレンはぴくりともしなくなる。なるほどなんかぼんやりしてると思ったら眠かったわけだ。しかもわざわざ私のところに寝に来たと。
せっかく私の家は二部屋あって片方は寝室なのに、何だってそろそろ替え時の固いソファで寝るのか知らないがフレンは身動ぎもしない。試しに肩を揺すって声をかけてみる。
返事はない。
しょうがないのでソファに引っかけたままにしてあったブランケットを長身の身体にかけてやって、私のこの魅惑の太ももまで貸してやることにした。しかし人の頭って意外に重たい。
透けるような金髪に指を通してみたり、額を撫でたり頬を撫でたり、動けなくなった私にできることと言えば死んだように眠っている美形をいじくり回すことくらいだった。こんなになるまで無理してバカじゃないの、と言ってやりたかった。
でも結局、フレンだからしょうがない、で納得してしまうんだからお笑い草だ。無理くらいいくらでもするだろう。そういう奴だ。身を粉にして働いて苦にならないなんて、奇特な奴。


思いがけず世界を救う旅になってしまったけれど、ユーリの旅に同行していた間は良かった。なんたってフレンも一緒だったし。それにあのときは実質フレンも騎士団の仕事から解放されていたようなものだ。しかも私はかわいい女の子たちと友達になれたし。またあんな旅がしたい、と思いはするけどいつも思うだけだ。現実的じゃない。


その旅の間にユーリにこぼしたことがある。
私はそのときに私を一番好きだと信じられる男しか選んでいないこと。そうして私はいつだって彼らを簡単に見限れる位置にいたいこと。ありきたりな恋愛観の話だった。

「放っておかれたらちゃんと浮気するし」
「ちゃんとの意味が違うだろ。会いに行ってやれよ」
「……一度でいい。会えないだけで恋しくて泣けるような恋人が欲しい」
「まあ、お前の意見にしちゃ殊勝なんじゃねえか?何せ、一回でいいんだろ」
「…それが最後の恋だったら幸せなのに」

そうやって呟いた脳裏でフレンを思い浮かべていた辺り私も大概キてたんだろう。
その時点でもう、会えないだけで恋しくて泣けるくらいフレンが好きだったわけだから。

つまるところほうっておかれたら浮気するっていうのが今までの私だった。それなのに大人しく相手を待つどころか会いたくて会いたくて、何度かお城まで足を向けかけた。いや到底無理って普通に分かってたからあくまで向けかけたってだけ。
それを何度か繰り返して、私はバカかと思って、その度にこれが最後の恋ならなあ、と思った。
嘘ですちょっと嘘言いました恒久的に愛される自信とかないです。これが最後ならと思ってるのは本当だけど、口に出したこともないし言ったらいけない気がした。だいたいそんなのガラじゃない。
「思うところある」のを無理やり消去しつつ口に出してしまいたいのをこらえつつ、私はとりあえずフレンの奴が好きだなあとそれだけ考えることにしているのだ。
フレンの周りの女全員に嫉妬してたら私、絶対保たない。あ、やべこれオフレコ。超本音。


「名前?」


体温の高い手が白い頬の上を周回していた私の手をがっちり掴んだ。ぎゃ、と可愛くもない私の悲鳴に、フレンが苦笑する。とろりと眠たそうな顔をして笑ったその顔は成人済みに言うにはあれだが天使みたいだった。


「フレンの周りの女全員に、何だって?」
「…………悪魔かお前」
「そういうことはもっと口に出してくれないと困るよ。で、何だって?」


どうやらオフレコと言いつつ思いきり口に出してしまっていたらしい。寝てるからいいやと思ったのがたぶん甘かった。フレンが、ちょっとの物音で飛び起きるような野戦上がりの猛者なんだってことを忘れていた。だって天使みたいな寝顔だったから。


「わざわざもう一回言わせようっていうのはいやらしいよ」
「いや。本当に君の声で目が覚めたから、ぼんやりとしか聞こえなかった」


だからもう一回。言いながらフレンは笑って私の顔にでも触ろうとしたのか手を伸ばしてきた。まだまどろんでいるようなとろけた青い目に見られているのがなんだか耐え難くて、フレンの目元を片手で覆う。私の顎にかすった指先はそのまま落ちて、目をふさいだ私の手に重なった。


「名前」
「…やだ」
「じゃあ質問」
「なに?」
「会わない間、どうしてた?」


フレンの手にすっぽりと包まれた自分の手が、こんなに小さく見えるものかと感動しながら、少しだけ考えた。どうしてたもこうしてたもない。毎日毎日、仕事をするわけでもなく休暇の実感もなく、ただ、フレンに会いたかった。そんな風に思う暇がないくらい忙しくしてれば子供じみた嫉妬もしないしこんなにフレンのことばっかり考えたりしなかった。


「ずっと考えてた」
「うん」
「フレンのことばっかり」


他にもっと考えなきゃいけないことがあるような気がするのに。
私がぼそぼそ言っている途中でフレンが急に身体を起こした。
頭抱えてどうした、と思ったらフレンの奴、耳まで赤い。


「名前」
「なに」
「…キスしてもいいかな」
「そこ恥じらわれると私いいよって言いにくいんだけど」
「分かった。する」


聞いた意味無いじゃん、とか減らず口を叩く前にソファに思いっきり優しく押し倒されたから、しょうがなく黙っていてやることにした。照れちゃってかっわいいーとかまあそんなこと思ってる余裕なんか本当はなくて、服の中に忍び込んできたフレンの手を制止。


「寝室までは三歩だよ」
「…二言は無いね?」


フレンは甘いマスクににやりと不似合いな笑みを浮かべてから私の身体を横抱きにして持ち上げた。


「この際だから白状するけど、会えなくてどうかしそうだったよ。君にずっとそばにいてもらうにはどうしたらいいか、ずっと考えてた」


ベッドに放り投げた私の上に覆い被さってきたフレンが小さく、結婚とか、って言ったのが聞こえて身体を起こそうとしたら首を舐められて失敗した。目が合うとフレンはちょっとバツが悪そうに笑って、何か言わなきゃと思った私の口を塞ぐ。
きっと、時期が来るまでこういうのは言うべきじゃないとか思ってたに違いない。フレンのことだから。

…とりあえずこれが終わったら味覚音痴に合わせた食事を作ろう。それでさっきフレンが言ったことをきっちり問い詰めてから、さっさと寝てもらおう。
どうせ騎士団長閣下のことだ、また明日から私を放っておいて職務に励まれるんだろうから、今だけは目一杯構ってもらわないと。




一生愛せよバンビーノ!


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