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反転した。私の立場。私の位置。相手の目。相手の焦り。優位に居て突っ立ったまま彼の次の行動を待ってればよかったはずの私が今は相手を見上げて焦燥してる。みっともないけど声は震えた。


「藤代くん?」
「なんスか?」


天真爛漫な笑顔に圧し負けて、彼のワイシャツの腕を掴んだのに放してしまった。なんでそんな顔ができんのよと思った。彼はにこにこしている。困った。私は再度彼のワイシャツの腕に指をやって彼を見上げる。笑っている彼はやけにゆっくりと優しく私の髪を撫で付けて、ねえ先輩、と切り出した。


「どう思います?」
「何が?」
「可愛い後輩に襲いかかられて、どう思いました?」
「とっさにぐちゃぐちゃ考えられないんだよ、私」
「そうスか?残念」


組み敷かれたからと言って何程のことはないんじゃないだろうか、とふと思った。彼はすこぶるいつも通りだ。それに、本気で嫌がったらこの子は多分やめてくれると思うのだ。この子は良い子だ。多分。ぐだぐだ考えてたら、もうちょい危機感持ってくださいよ、と藤代くんはへらりと邪気のない笑顔を見せた。こんな状況で抱く危機感などというものはきっと、もっとちゃんとした女の子が持ってる物だ。残念ながら私には備わってない。何故かと言えばこんなことをする物好きが例えば居たとしても急所に蹴り一発入れて逃げてきたわけであって、それが通用していたのであって。ついでに言うならば私は多分比較的、安売りをするタイプの女だ。


「君が今さら後に退けないって言うんだったら別にこのまましてもいいんだけどね?」
「………先輩って結構、ビッチ?」
「そんなNGワードどこで覚えてくんだよ男子中学生」
「思春期っスもん。あ、先輩マジでやっていい?」
「敬語トんでるぞ後輩。いやいいけど」


夏服のブラウスの中にそろりと這い入ってくる藤代くんの手は熱かった。夏だもんなぁ。ぼんやり考えながら、腕を掴んでいた手で彼の後頭部に触った。彼の黒髪は案外柔らかくて、思わず何度も繰り返し指先で梳いた。すると私が促していると思ったらしい藤代くんはすごくそっとキスをした。なんともたどたどしい感じがしてくすぐったかった。藤代くんは自分で「可愛い後輩」と言ったけどあながち間違ってない。こんな可愛い後輩がいて私は幸せである。が、同時に手を出して申し訳ない気持ちになった。こんな女が武蔵野森サッカー部のエース食っちゃってマジごめん。藤代ファンクラブの皆さんマジごめん。


「先輩、集中してくださいよ」
「や、だって」
「……だって、何スか」


別に関係ないことを考えてたつもりはなかったんだけど藤代くんは私がぼけっとしているのに気を悪くしたのか、ボタンを外していた手を止めた。私だけがあられもない格好になっていく。藤代くんは答えあぐねている私をじっと見て、またそっとキスをした。たどたどしいというより丁寧だった。


「俺、先輩に他の連中と同じだって思われんの正直嫌なんスよ」
「君は、私が誘われたらすぐやる女だと思ってるんだね」
「…じゃあ特別っスか、俺」
「それは…どうだろう?」


私がへらへら笑うと、多分ちょっとイラっと来たんだろう。藤代くんは性急な仕草で私の膝の裏を掴んで持ち上げた。やっぱり熱い手だった。皮の薄い部分を覆う彼の手は大きくてたくましい。


「藤代くん、手大きいね」
「普通っスよ」
「そうかな」
「…ちょっと黙りません?」
「やだよ、気まずい」



私が、黙ったら。そしたら彼はどんな顔をして私にさわるんだろうか。
何を考えてるんだ、と自責する声が頭蓋骨を殴っているのを無視して私から藤代くんにキスをしてみた。乾燥した薄い唇だった。慣れない感じにそろそろと彼の舌が口の中に入ってくる。絡めると驚いたように縮こまった。可愛いもんだね。言ってやりたいセリフを交ざった生ぬるい唾液と一緒に飲み下して、私は彼のワイシャツのボタンを外しにかかった。



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