うちの本丸には布団部屋がある。室内は所狭しとうず高く積まれた敷布団、掛け布団が岩石郡かねじくれた木立のようにどっしりとした佇まいで並ぶ。枕とリネン類は右手側の押し入れに収納してあった。 普段はあまり使わない棟の、日当たりがいい南向きの部屋だ。 日々の業務の全てが嫌になり、耐え難い睡魔に苛まれたとき、私はこの部屋に忍び込んで午睡を決め込む。 近侍は持ち回り制にしている。ここが「主がよく逃げ込む先」として申し送りされている可能性もあるけれど、今のところこの部屋まで追いかけてきて執務室に引っ張り戻そうとした男士はいない。つまりバレていないということだ。 今日も今日とて布団の森に埋もれて、私は惰眠を貪っていた。そのはずだった。 夢なのか現実なのか、ほろほろと身体がほどけるような、不思議な心地よさが染み透ってくる。眠りと覚醒の境のところで、うとうととその正体を探る。浅瀬のところで遊んでいたら、不意に浜の方から甘い声で呼ばれたような。これはなんだろう。 「ん、ぁ……っ」 ふと吐いた息の熱さに、自分で驚いて目を開いた。 布団部屋。障子戸を透かす木漏れ日が畳の上にこぼれている。布団の陰の薄い暗がりに寝転がった私の身体に、何か重たいものが覆い被さってきている。それは人の体温だった。浴衣の合わせ目から入り込んだ手は汗ばんでいる。荒い呼吸の音は、真上――顔の真上で響いている。首筋にかかる乱れ髪からは石けんのような清潔な匂い。これは。 髪の長い刀剣男士に心当たりは多いけれど、これは意外な。 「……日光さん?」 うつらうつらとまだ夢見心地に名前を呼ぶ。私を組み伏せていた大柄な身体が硬直する。返事はない。身じろぎすらしない。ただ黙ってじっとしているだけなのだが、彼が額にどっと冷や汗をかいているのがうっすらと見えて、なんだか少し不憫に思えた。 そろりと、指先が私の浴衣の中から引き抜かれる。武人らしく厳つい、太い指。 「主、俺は……」 絞り出すように囁いた声には、叱咤を待つ犬の恭順があった。常にない動揺で混乱しきりのせいか、眼鏡越しの目はぐらぐらと揺れている。謝罪や釈明が真っ先に出てこないのが、彼のその動揺をよくよく裏付けていた。 「何をしていたんですか?日光一文字」 沈黙が落ちる。私の身体に跨り、畳に手をついて覆い被さったまま、日光一文字は二の句を継げずに押し黙っていた。やがて彼は震える口を開く。 「無体を強いようとしたこと、お詫び申し上げる」 そして私の胸の上で深く頭を垂れた。長い黒髪が落ちかかる感触がくすぐったくて身を捩ると、反省の弁も白々しく、彼の喉がごくりと鳴った。 「詫びるなら、退いてくださいね」 乱された襟元を直すタイミングを探るけれど、「承知」と答えたくせに相手は動く気配がない。相変わらず視線を下げたままだ。 私が溜め息をつくと、彼がまた、ごくりと生唾を飲み下す。喉仏の上下するわずかな動きさえつぶさに見えるほど、互いの身体は近く、部屋の空気は濃密だった。まるで何かに取り憑かれているようだ。日光の切羽詰まった表情を見上げて、まだどこか寝ぼけた頭で考える。 この男、私を抱かずに済ませる気がないのではないだろうか。 脚を動かすと、寝乱れた浴衣の裾が割れ、私の生白い腿が彼の股間をじわりと擦り上げてしまう。瞬間、彼が低くうめいた。 まるで虎が尾を踏まれたかのような物騒な声に、ぼやぼやしていた頭がようやく覚醒し始める。 「叱責は後でいかようにも受ける」 張り詰めたそれを、ずり、と前腿に押し付けられて、ひゅっと肝が冷える。私が咄嵯に膝を閉じたのに構わず、帯が解かれた。腰を撫でつけられ、浴衣の前が大きく割られる。内股を這い上がる掌に下着を取り払われる頃にはすっかり目が覚めてしまった。 ……これは、本当に駄目な流れかもしれない。内心嘆息する一方で、再び胸を覆った固い指先に感じ入った吐息が漏れる。 とはいえ、なんだか現実味がない。一文字刀派の刀とは全体的に付き合いが浅いし、なんだか一門の者以外には排他的に思えて少し苦手だった。だというのに。 殊に、日光一文字とは。 寡黙で、好戦的で、審神者よりは一門の長に忠実かと思うと主命を重んじているようでもあって。私から見た彼は、一対一の親しみこそないけれど本丸の仲間として接しあうのに違和感はなくなってきた、というくらいの存在だった。 いつもなんとなく皆より一歩下がったところに控えている印象があった。たまに目が合うと、彼は私に目礼だけして、その日は二度と目が合わない。日も浅いし、馴染んでいないならまあそんなものかな、と。その態度については深く考えなかった。 鎖骨から首筋、顎の先へ、唇が降りてくる。まるで焦がれに焦がれた相手に触れでもするように、その唇がかすかに震えている。鼻先で耳の付け根をくすぐり、耳に熱い息を吹きかけ、そうしながら手のひらで背中の曲線をなぞり下ろして、彼はとうとう私の秘所に触れた。まだ十分には濡れていないそこに触れ、しかし躊躇なく割り開いてこようとする。 「痛い」 素足で彼のジャージの脚を蹴りつける。 「一文字の刀は女の抱き方も知らないの?」 わざと煽るようなことを言うと、彼の瞳に剣呑さが滲んだ。口の端からこじ開けるように舌を捩じ込まれ、荒っぽく吸われる。彼の腕が私の肩をきつく抱き寄せ、体重をかけて畳に押しつけた。腰骨に沿って滑る手に脚を開かされ、彼の頭がゆっくりと下がっていく。不思議と止める気にはならなかった。 寡黙で、好戦的で、何を考えているのかいまいちわからなかったあの日光一文字が、私に欲情している。その動かしがたい事実に、正直そそられるところがあった。 ぬるりと、彼の厚い唇が私の陰核を食む。びくりとして息を呑むのにもお構いなしで、柔らかく噛んで、押し潰して、舌で突いて吸い上げる。指が膣口に深く突き入れられ、押し込まれ、奥の奥まで開かれていく。息を詰める私の顔を、彼が上目遣いに見上げた。その視線にぞくりと身体が粟立つ。指はいつの間にか増えていて、抜き差しの度かすかに粘着質な水音がし始めていた。 「女の抱き方を知らないのかと言ったな」 彼の大きな身体がずるりと動いたかと思うと、今度は両脚を持ち上げられた。膝裏を掴まれ、左右に割り開かれた間に彼が入り込んでくる。太腿で彼の太い胴を挟み込み、膝を折り曲げられた私の爪先が宙で泳いだ。腰を強く引かれ、浮かされる感覚に怖気立つ。亀頭の先端を、膣口に軽く押し付けられる感触があった。 硬質な美貌の男が額に汗を浮かべ、ぎらぎらと滾る目を眇め、彼の前に晒された私の媚態を眺めている。息を潜めて、私の呼吸に合わせて、その身を沈み込ませようとしている。不意に彼が笑った。 「知らぬかどうか、すぐにわかる」 私の身体を押し開くようにして、太く硬い熱がぐいと入ってきた。悲鳴は噛み殺したつもりだったのに、引き攣れたような音になって喉が鳴る。肉の壁をみっしり広げながら、圧倒的な質量の楔が埋め込まれる。日光の眉間の深い谷は、今や苦悩ではなく愉悦を表わす表情になっていた。眼鏡の縁を押し上げ、私を見下ろす双眼がどろりと欲情で濁っている。身体の中に巨大な異物を受け入れる痛みを堪えるため歯を食い縛ると、それを察して腰の動きを止める。 「力を抜け」 ……囁いた声音も熱に浮かされている。 彼が身動きすると、私の中に入った男根もまた別の生き物のように鎌首をもたげて粘膜をこすり立てる。私の意志とは無関係に収縮する隘路の中でそれはみるみる膨らみ、やがて身体の中をいっぱいに塞いだかのように圧迫する。 彼が浅く息をつく度に引きつる筋肉の緊張さえ快い刺激になって背骨を走った。腹の底が重くなり、子宮の入り口を小刻みに押されているのが分かる。 苦しさに喘ぐ私に構わず、彼は少しずつ前後を繰り返し、そのうち徐々に勢いをつけて強く腰を打ちつけてくる。肌同士がぶつかり、次第に深く激しくなる律動に追い上げられながら、これでは本当に獣だと呆れてしまう。まるで、獲物に食らいつくけだものだ。 息を継ぐ間も与えず、男が激しく奥を突きほぐす。身体をふたつに裂かれそうな衝撃に身を震わせ、それでも必死に耐えていたのに、ふとした拍子に、彼の切っ先がごり、とどこか触れられてはいけない場所を擦り上げた。瞬間視界がちらつき目の前が白くなる。頭の芯を殴られるような、暴力的な鋭い快感。一瞬何が起きたのか分からなかった。彼は私の顔色を見て取って、そこを集中的に攻め立ててくる。 「ここが好いか?」 意地悪く問いかけてくる男に、羞恥心と悔しさから返事をしないまま顔をそむける。彼の両手が私の頬を挟んで無理やり正面に向け、そのまま乱暴に口を吸われた。角度を変え何度も繰り返し、舌先を絡められて唾液を流し込まれる。口元からだらしなくこぼれるそれが顎の辺りから首へ伝っていくのを感じると同時、体内の雄茎が大きさを増した。物理的な圧迫で息苦しい。体を作り変えられるようで怖い。綯い交ぜになった感情に振り回されて涙が出てくる。 私の脚を抱えていた手が離れ、腰を押さえた。ぐいと体重をかけられ、彼がまたゆっくりと動き出す。 「痛むか」 問われて、ふるりとかぶりを振る。痛みはある、でもそんなものどうでもいい。痛みを上回って私を支配する快楽が、意識の底流までもとろかしている。 「……日光」 息が上がる。身体の中が勝手に動いている。彼を受け入れようと内部がわなないている。 「眼鏡くらい外したら」 言って蔓に触れると、彼は素直に従って眼鏡を取り払った。その顔に見入る余裕も無くて視線を落とす。いつのまにかとろとろに潤んだ接合部分からは卑猥な水音が響いている。 日光は一旦自身を引き抜けるところまで引くと、そこから再び深く挿入した。一度開かれ柔らかくなった入り口は難なく彼を呑み込んでしまう。 一見冷淡にも見える美貌の男の肉体が汗を浮かべ上気し、熱っぽく息をついて、荒々しく腰を振っている。 林立する布団の山の奥で、声を押し殺して、必死になって快楽を追いかける私たちの姿はさぞ滑稽だろう。この行為の意味するところを考えることも放棄してしまえばただひたすら心地よくて、私は揺すられるまま、彼の下であられもなく声を上げる。すり寄せられた鼻梁に頬をくすぐられ、その温もりに安心して思わず吐いた息を掬い取るようにまた唇を塞がれた。熱い掌が下腹部を押し撫でる。腹の中に埋まったものを確かめるように。 「ここに俺が入っていることが、わかるか」 低く呟かれた言葉は耳に直接注がれ、脳みその中で反響する。答えることもままならず、私は下腹を覆う彼の骨ばった手の甲に自分の手を重ねた。皮膚越しに互いの体温を溶かし合う、それだけのことが途方もないほど気持ち良い。腰を抱え直し一心に奥を目指すような動作を繰り返した男がふと息を詰めた。ひときわ深い場所で止まった男根が脈打っている。 「出すぞ」 私の中に入り込んだ男がぶるりと震え、次の瞬間熱が弾けた。びくんっと腰を跳ねさせながら、彼は私の上に隙間なく覆い被さってくる。大きく息をつくたび揺れる彼の長い髪が私の肩に降りかかる。全身が汗で湿っている。彼の匂いが濃い。日光一文字は私の胸に甘えるように顔を埋め、やがて静かに目蓋を閉じた。 「お前がほしい」 うっとりするような甘く低い響きが、無性に胸を衝く。つい今しがた、体の奥底まで躙るように犯した男の言うことだというのに。 どうして拒めなかったのだろう。どうしてこんなことになったのだろうか。彼は、叱責は受けると言ったけれど、ではそのあとのことはどうするつもりなのだろう。 ずっしりと重たい男と抱き合ったまま目を閉じていると、不意に部屋の障子戸が開かれ、何者かが足を踏み入れてきた。 私と彼は揃って顔を上げた。普段はあまり使わない棟の、布団を収納するだけの部屋に、いったい誰が何の用で。 あられもなく乱れた着衣の前を掻き合わせ、慌てて居住まいを正そうとしている私をよそに、日光はまるで興味なさげにそちらを見やった。 積まれた布団の向こうに、彫りの深い顔立ちに真っ暗な陰を落として、へし切長谷部が立っていた。 「では、本当に合意だったと?」 「俺はそのように思っているが」 「貴様は口を開くな。俺が聞きたいのは主のご意思だけだ」 へし切長谷部の憤りはごく静かに、けれどはっきりとした重圧を伴って、私達の頭上に振りかかってくる。彼は眉ひとつ動かさず、しかし瞳だけは爛々と輝いて恐ろしいくらいに鋭い。 審神者となって数年。自ら励起した刀剣男士と情交に及ぶなどという破戒に手を染めたことはこれまで一度たりともなかった。長谷部の惑乱も致し方のないことだ。品行方正とまでは言わなくとも公私の一線はきっちりと引いてきた主が、急にこんなことになったのだから。 合意があったか、と言われると、まあ途中からとりあえず一応……というのが正直なところ。寝込みを襲われてなし崩しになどときちんと説明したら、洒落にならない刃傷沙汰が起きてしまう。 私が仕事をさぼって昼寝などしていなければ起きなかったことと思えば、まあ主たる私の過失である部分もあるにはあるような。 「長谷部、あの……この度のことは私の不徳の致すところで……」 とにかくこれ以上彼の逆鱗に触れないようにということしか頭になく、言い募ろうとしたところで 「庇い立てなどおやめください、主」 ぴしゃりと切り捨てられた。 彼は畳の上をずかずかと歩み寄ってくると、目の前で膝を折った。視線の高さを合わせて、それから私の両手を掴んで持ち上げ、祈るようなポーズをとる。 「主命さえ頂けるならこの狼藉者を斬って捨てて御覧に入れます、今すぐに」 その真摯な口調からして長谷部は大真面目だ。 ものすごく苦労して手に入れた日光一文字であるのに使い物にならなくされては困る、という気持ちと、まあ手入れでどうにかなるんだから一旦気の済むまでやり合ってもらったほうがいいのかしら、などという無責任な気持ちがせめぎ合う。 生真面目に黙り込んだ日光一文字の、乱れのない正座をちらりと横目に盗み見る。彼のほうも私を見ていた。 「叱責、懲罰の類はすべて受け入れる。主の望む通りに」 静かな言葉だった。日光は真っ直ぐな眼差しを私に向け、唇を引き結ぶ。その目を見て確信する。 この男は本気だったのだ。抱かずには済まさないとばかりに襲いかかったのも、「お前がほしい」と頭を垂れたのも、何もかも。今ここで手打ちにすると言えば彼は大人しく首を差し出すに違いない。 私はため息をついた。すっかり流されておいて何だが、きちんと手順を踏んでくれさえすればこちらだってやぶさかではなかったのに。 「……この度のことは一切不問とします。他言は無用。以上です」 言って、返事を聞く前に部屋を出た。背中越しに、日光一文字を叱りつける長谷部の怒号が聞こえた気がしたが、もう知るもんですかと開き直る。 廊下をひとり執務室に向かって引き返す。背後で、揉めている男たちの声がやんだのに気付いて振り返ると、日光が追いすがってくるところだった。表情はないに等しいがどこか思い詰めて、彼は私の肩に手をかけた。 怒髪天の長谷部を振り切ってきたのだろうか。体格ばかりでなく、なんとも見上げた男だ。 「主よ、一切不問とはつまり」 「言葉の通りです。先ほどの一件はすべてなかったことに」 私の返答を聞いた途端に日光の目の色が変わる。 「なぜ」 低く、脅すような声色で囁いたかと思うと、私の手を掴み引き寄せようとする。 「いかようにも罰を受けると言ったではありませんか。これがその罰です」 きっぱりと言って払いのけたつもりが、相手のほうが上手だった。再び肩に腕を回されてしまい、ぐっと顔を寄せられて間近に覗き込まれる。 「……本当になかったことにして良いと言うのか」 濡れた氷から滴る清水のように冷たい声だった。睨み返すと、眼鏡越しの彼の瞳の奥に、ちり、と情炎の名残りが揺れた。肩を抱いた手が私の髪をそろりと撫で上げ、指に毛先を絡ませて弄ぶ。 ついさっき有無を言わさず抱かれたのでなければ、身も竦むほどおそろしかったに違いない。けれどこちらには、彼に惚れられているらしいという強みがある。 「困るのはあなただけです。悔しかったら、手籠めにするのではなくて口説き落としてくださいね」 日光一文字は、まるで機嫌の悪い猛獣のように喉の奥を鳴らして笑った。 「あいわかった。精進しよう」 pixiv投稿分再掲 ×
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