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 人が動く気配で目が覚めた。窓の外はまだ暗い。のそりと起き上がる影を、まだ重たい瞼の隙間から盗み見る。家主が自身のベッドを下り、薄っぺらいせんべい布団に寝る私の足元を跨いでいった。

 冷蔵庫の庫内灯がほの白く暗がりを照らす。 何か出して、飲んで、戻す。その一連の動作の間、無頓着に開きっぱなしになっていた扉が閉まると、部屋の中はまた一面、ぼんやりとした輪郭の暗がりに沈んだ。
 
 ペたぺたと気の技けるような足音がフローリングを渡り、カーペットの上まできて止まる。客用というよりは、使い古して敬遠しているだけのものを転がり込んできた人間に仕方なく供与している、というだけの布団に包まった私を見下ろしているようだった。

 水上はベッドへは戻らなかった。床に敷いた布団の真ん中に丸まって寝ている私の体を、手のひらで端へ押して、隣に滑り込んでくる。
 私の狸寝入りを看破していたのであろうとそうでなかろうと、彼はそうしていたに違いない。

「あったか…….」

 きんきんに冷えた両足で私のぬくい素足をひたりと挟んで、彼がつぶやく。あたかもその肌の冷たさにようやく目を覚ましたかのように身じろぎして、私は枕に頭をこすりつけた。

「いま何時?」
「知らん。五時とか」

 枕元に置いた端末の画面を点け、時間を見る。知らん、と言った割に彼の予測は概ね当たっていた。
 寝ている間にきていたメッセージに気を取られていたら、肩越しに伸びてきた手が画面の光を遮った。

「まぶしい、消して」
「ん」

 指先で操作してスリープ状態にする。
 彼は伸ばした手を引っ込めると、横向きに寝転がる私の背中に張り付いた。冷たい足が絡む。明け方五時の空気に、体温の低い男。これが恋人同士の朝ならこんなに居心地の悪い思いはしないのに。

「この間のお礼に、って誰と何の話してんねん」

 寝起きのしゃがれた声で水上が言う。眩しい、と文句をつけながら、彼はちゃんと画面を覗き見たのだ。

「……興味ないのに聞かないでくれる」

 ささやき返した私の声に混じった辛辣さを、彼はどう受け取ったのだろう。
 ふと、首筋に息がかかった。脇の隙間をこじ開けて長い腕が巻きついてくる。耳元に口を寄せてきて、水上はもう一度同じ質問を繰り返した。

「だれと、なんの話をしてはんの?」

 腕で私の鳩尾を締めつけて、肩に顎を乗せてくる。耳たぶに吐息がかかるほど近くでささやく声に、脅迫めいた強制を感じ取って、私は所在なく放り出した自分の手を見た。
 ……聞き出してどうするのだろう。くっつきあった人肌の熱さとは裏腹の冷ややかな疑問が湧いて出る。眠気に任せて目を閉じた。

「嵐山さん。こないだ広報の裏方手伝ったから、そのお礼したいって」
「謎の人脈あんの何なん、腹立つわ」

 肩に乗っていた顎が首筋の方を向く。ぬるい唇がうなじに押し当てられ、薄い皮膚を食まれて、私は息を詰めた。懐こくもないのに犬みたいなことをして、人の情緒を簡単にぐちゃぐちゃにするくせに決定的なことは何ひとつ言わない。私がほしがるような俗っぽい言葉はくれない。この仕打ちに腹を立てているのは私の方だ。

 彼の腕の中で寝返りを打って、平たい胸に額を押しつける。

「お礼はお断りしとき」

 どうせ自分たいしたことしてへんやろ。失敬なことを付け足してから、水上は黙り込んだ。

 髪の間に差し込まれた指先が、地肌に触れるか触れないかのところをやんわりと撫ぜてくる。甘やかすような手つきはまるで彼らしくない。

「……寝る。8時に起こして」

 返事の代わりに背中に回された手に力がこもり、少しだけ引き寄せられる。臆面もなく身体にさわられて、結局私ばかりが相手を好きになっていく気がした。





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