| ナノ 「ままならない夜の先々に」と繋がっています




学生時代の友人や先輩に警察関係者がいるので、あまり業務内容に突っ込んだ質問はしないように気をつけている。
だから降谷さんの仕事関係について詮索したことはない。ただ、町の交番のおまわりさんでないことは確かだし、徹夜だの出張だのの多さを見るにつけ現場での精勤も窺えて、電話を取ったときの口ぶりから察するに部下も抱えているようだ……という具合になんとなく憶測を巡らせてしまう分には、罪のないことだと思う。

降谷さんと付き合うに当たって、私生活に大きな変化がなかったことは否めない。男がいてもいなくても同じ単調な生活。ハロとの規則正しい生活の名残で、夜遅い帰宅は減った。でも慣れが出るにつれてまた徐々に、以前のような友人との外出が増えている。



「ちょっと古い感じの店なんだけどイケメンの店員がいるらしいんだよね。行かない?」
「何の店?それ」
「え?だからなんか古い感じの喫茶店〜みたいな」
「イケメンねえ……」


休日に買い物でもと誘われてのこのこ出てきて、それなりに歩き回って疲れてきたところの提案だったので、文句を言いつつも乗っかってしまった。
道すがら「ほら見て」と手渡された友人のスマホで喫茶ポアロというお店の口コミを見せられる。店員を褒めちぎり提供されるメニューの味の保証をする女性客と思しき書き込みが目立つ中に、ちらほらと男性の書き込みが混ざって、看板娘の可愛らしさを説いている。
ネット上で騒がれるなんて単なる一店員にしてみたら肩身が狭いんじゃないの、とは言わないでおいた。まさにそれを目当てにしてこれから行くのだ。


「イケメンの友達はイケメンっていう法則があるじゃん。あわよくばお知り合いになって、本人が無理でもお友達を紹介してもらう」
「そんなうまくいきますかねー」
「婚活が切迫詰まってくるとね、人間なんでもできるような気がしてくるもんなんだよ」
「……20代でも婚活って苦戦するもんなんだ」
「闇鍋なんだよね、実際」


友人の虚無を見つめる目に怯んだ一瞬、彼氏ができたと言っていないことにはたと気付く。
………言う必要もないだろう。当然予想される展開として「写メ見せて」とか「彼氏の友達紹介して」とかの要求に応えられない。
そもそも降谷零という人の情報を開示していいかどうかわからない。

「あ、あれだ」

彼女が指差した先に、「COFFEE ポアロ」と書かれた古めかしい立て看板があった。

ドアベルの音も高らかに意気揚々と入店した友人にくっついて中に入る。コーヒーカップのロゴに店名の入ったエプロン姿の若い女性が、朗らかに「いらっしゃいませ」とやってきて、席に案内してくれる。
店内には常連らしいおじいちゃんの2人組がいるだけだ。友人はカウンターの奥までざっと目を走らせてから、落胆も露わにメニューを閉じた。

「いない……」
「今日ははずれなんでしょ」
「えー…でも……えっ」

2回目は付き合わないよという意味を込めて言ったつもりが、彼女がまるで聞いていない。嘘でしょ、聞けよ。文句を言おうとした私の背後から、テーブルに伏せて置かれたメニューに向かって手が伸びてきた。指の長い、均整のとれた褐色の手。

「ご注文お決まりですか?」

肩越しに覗き込まれてぎょっとする。にっこり微笑まれて絶句するなんて大概失礼な話だが、別人の可能性を考えて、口だけは開けなかった。正直大声を出しそうだった。降谷さんにしか見えない。

「あ、えっと、わたしカフェラテで」
「かしこまりました。僕、今ラテアート修行中なんですけど、よければ何か描かせて頂いてもいいですか?」
「え、うそ、嬉しいです。お願いします」

……友人の大はしゃぎを見ていると段々冷静になってくる。
降谷さんがここで働いているはずがないし、常に笑顔を浮かべているような好青年タイプじゃないし、そもそもこの人は物腰が柔らかすぎる。

「ブレンドコーヒーで」

いくらか平静を取り戻した私の注文を聞くと、ポアロの店員はまたしてもにっこりと微笑んで、すぐにカウンターの方へ戻っていった。
こちらとしては精いっぱいいつも通りの声音のつもりだったのに、友人は彼が持ってきたおしぼりを手に「なんか機嫌悪い?」とのたまう。


「あなたがはしゃいでるから、どういう態度が正解かわかんなくなっちゃったんだよ」
「え、だってめっちゃイケメンなんだもん。輝きが違いすぎ。職場の人とか芋だよイモ。たまには目の保養しないとやばい」


何かのスイッチを押してしまったのか、急旋回で職場に居並ぶ芋栗かぼちゃに話題が逸れた。新卒の女の子は可愛い子がいるけど男はまるで不作とか、私の職場にいる私生活乱れまくりの顔だけはいい同僚の話とか。
愚痴に発展していく途上で、飲み物が来た。
友人のカフェラテには柴犬が描かれている。……ハロだ。ハロに見える。
友人が早速ラテアートを撮っているかたわら、私の方にはブレンドコーヒーが置かれる。ソーサーにはロータスのビスケットが1枚。女性の店員に「安室さん」と呼ばれていた彼が接客の微笑の隙間に、青い目を意味深に細めた。
降谷さんだ。他人の空似でもなんでもなく、純粋に本人だ。





「ラテアートすごくお上手ですね、え、そんな充分クオリティ高いですよ、どこか教室とか……」

友人は「安室さん」に果敢な攻勢を仕掛けている。
不動の笑顔が難攻不落の色をありありと見せつけているが、彼女はそのことにあえて無頓着だ。この状況で、気の済むまでやってくれ、と投げやりな気持ちになるのは仕方がないと思う。自分を納得させるのにもまだ手間取っているのだ。
ラテアートとは打って変わって泡ひとつない滑らかなコーヒーの水面を見つめる。「安室さん」が降谷さんなのは間違いないとして。──実はこの冗談みたいな美形、私が今お付き合いしている人なんです、ここでは偽名みたいだけど。……言えるわけがない。
どんな仕事のあれだか知らないが、これが彼の本職ということはまずないし、かといって街中の喫茶店に潜入?と思うとそれも違う気がする。私のような一般人では思いもつかない事情があるのだろうか。あれこれ詮索めいて考えてしまうのは、それは状況の必然だ。もっと言うとここで遭遇してしまったこと自体、私が降谷さんの仕事関係を嗅ぎ回っているという風にとられるのではと思いついてしまったのが怖い。断じてそんなつもりではないとしても言い訳をかましてしまえば怪しいし、悪魔の証明だ。

彼女のどんな話題も誘いもうやむやにして、温和な態度のまま「安室さん」はカウンターの奥に入った。
途端に友人の顔が険しくなってこちらを向く。


「安室さん、ガード固い」
「だって明らかに慣れてるじゃん。むりだよ」

はずれとかむりとか、店に入ってからネガティブなことばかり言っている気がするが、最初は興味がなかったからで、今は「安室さん」の尋常でないモテ方に慄いているせいだ。

「安室さん」の徹底したのらりくらり加減はこれまでの経験を強く物語っていた。
口コミサイトの絶賛コメントが、名前や身体的特徴を決して出さずに彼を褒めちぎっていたことを思い出す。……人心掌握の手管にとても優れているのだろう。皆一様に人物の特定に繋がるような文言は避け、彼に害の及ぶようなことはひとつも書き込まれていなかったのだ。「安室さん」のファンは不文律によって統制された動きを取っている。すごいことだ。
愛想のない降谷さんでもああなのだから、優しくて気遣い上手でいつも笑顔なんていうことになったら、それはそうなのだろう。わかっている。褐色に金髪碧眼、美しく整った顔面をした「安室さん」の好青年ムーブが、広く深く女の心を掴んで仕方がないのは理解できる。


「いいなーあのバイトの子。わたしもイケメンと働きたい」


友人の言葉をきっかけに、私は改めて店員の女性を見た。可愛らしい感じで、はきはき喋る。おじいちゃんたちが「梓ちゃん」と親しげに話しかけ、彼女は朗らかに応対している。好印象の塊みたいな子だ。
カウンターの内側で並んで作業をしている「安室さん」とその「梓ちゃん」は、たまに目を見交わして雑談をしている。

降谷さんが別人を装っているだけ、と思っても、その光景についてはちょっとショックだった。
そのショックを受けている乙女な自分の横で、こんなことで傷ついてどうする、と叱咤する声もして、結局気の強い方が勝った。


「店員さんたちお似合いじゃん」
「もー…興味ないからってー…」


付き合って数ヶ月、数えられる程度にしか会えていない恋人のことだ。興味はある。降谷さんがどこで何をしているのか迂闊に聞けないのに、今こうしてうっかり出会ってしまったからには。




………お互いのコーヒーが空になっているのを確認して、私は気を取り直した。どうアプローチしても答えてもらえないとわかっていることにこだわるのはやめる。彼の隠し事に鈍感でいることが大切だ。


「そろそろ行く?」
「うん、行こ。イケメンがいる空間は充分堪能したわ」


明日からまた芋畑…と再び嘆く友人を笑いながら、会計に立った。女性店員の「梓ちゃん」がレジに来て、別会計を頼んだ私たちに快く応じる。


「イケメンですよね、彼」
「そうなんですよ。平日はもっとすごいんです、JKがめっちゃ来ます」

無暗に雑談を振った友人に彼女は茶目っ気たっぷりに笑いながら、テーブルの片付けをしている「安室さん」をちらっと横目で見た。
彼がこちらを見ていないことを確認してから、こっそり教えてくれたことには、彼と店のバイト同士というだけで彼女のSNSが炎上したという。
そんなオフェンシブなファンもいるのか、と舌を巻くよりは若干引いた。

店外に出る間際、名残惜しく「安室さん」を振り返ったのは私と友人で同時だった。お互いの視線の先に気付いてしまい、にやりと笑い合う。


「やっぱ気になるんじゃん」
「まあ多少……かなり?」


歩き出そうとした私たちのすぐ後ろで再びドアベルが鳴る。
振り返ると、曇天の下にも甘い燐光を放つ金髪が迫ってきていた。カジュアルなシャツとジーンズというシンプルな格好にロゴ入りのエプロンをした「安室さん」が。


「これ、お忘れ物じゃありませんか?」


彼の差し出している"忘れ物"はハンカチだった。ダークグレーの地に控えめなマカダムの柄が入っている。見覚えはあるが私のものではないし、まして友人のものでもないだろう。
目線の高さを合わせる気遣いの中に、「受け取って」と問答無用に促す意味が含まれているようだった。訴えかけるような青い目をしげしげと見返してから、私はもう一度ハンカチを見た。
降谷さんが以前私の家に寄ったとき、クリーニングに出さなきゃと言ってスーツから取り出したものと同じハンカチ。あのときは謎の血痕がついていたのにすっかり綺麗になっている。

「すみません、ありがとうございます」

そう言ってようやく受け取った私に、「安室さん」は気を悪くした風でもなく「いいえ、よかったです」と笑顔を残して店に戻っていく。ラッキーじゃん、と冷やかされても、そうは思えなかった。





駅で友人と別れて帰宅し、成り行きで受け取ったハンカチをポケットから出した。やわらかい布地からはほのかに降谷さんの香水のにおいがする。

何の気なしにそのハンカチを広げてみると、間に挟み込まれていたものがひらひらと落ちた。喫茶店の卓上に置いてあるようなペーパーナプキンだ。
折り目のついた上の方に、「21:00に」と走り書きがされている。
降谷さんの字だった。

他にも連絡する手段はあったはずなのに、彼はわざわざこれを手渡しに出てきた。お互いに他人のふりをしたのに、あの場で私に有無を言わさなかった青い目。
つまり、未練がましく彼の姿を目で追った私のことも承知だったというわけだ。
彼にそうやって見抜かれていることが情けないやら癇に障るやらで複雑な気持ちではある。ただ、友人だった頃でさえ敵わないなあと思いながら接してきた、彼はそういう相手でもあった。その人が自分の彼氏になったからと言って急にお手柔らかになるはずもない。


「21:00に」……私のところに来るという意味なのか、彼の家に来て、ということなのか、どちらだろうと少し悩んで、すぐにやめた。不都合があれば連絡があるだろう。私から連絡するとだいたいの場合は一方的だ。
連絡が一向につかないことに関しては付き合うにあたって降谷さんから理解を求められた点であって、私もそのことには慣れていた。
彼の方から働きかけられると途端に舞い上がってしまうので、今くらいのバランスがちょうどいいのか、不足しがちなので過剰に反応してしまうのかは分かりかねるところだ。





立ち居振る舞いから薫るような降谷さんの色香は今日、「安室さん」の物柔らかな態度の奥に押し込められていた。その彼が、女子高生に囲まれ絡まれながら笑顔を振りまいて巧みに躱していくところを不意に想像して、ひとりで笑ってしまった。
目の前にいるとき以外の彼のことを何も知らないのに、彼を好きだと思うのはやっぱり不毛なことだった。





インターホンのカメラの前に仏頂面の男が立っている。
彼に安室さんの態度を求めるのは心情的になしとは言え、さすがにもう少しくらい彼の成分を加味してくれてもいい。
悶々としつつそっと開けたドアの隙間から、しなやかな身体が滑り込んでくる。


「夜分遅くに悪いな」
「いえ……それは全然」

一応付き合ってるんだし。事前の連絡もアナログな感じではあったけど、あったわけだし。そう思いながら、大丈夫です、と続けかけた言葉を呑み込んだ。
いつもならためらいなく家に上がっていくのに、今日は玄関先に立ったままで、降谷さんは沈んだ表情をしている。

「あの、今日のことなら私、他言とかはしないので」

焦って言う私を、降谷さんが見てくれない。
今日の今日でわざわざ家に来たことも含めると、にわかに嫌な予感がした。

「君が誰かに話す心配はしてない」

ゆっくりと喉から押し出すようでいて、むしろ私の胸に強く押し込んでくるような、降谷さんの低い声。
宣告じみた続きを制止する強さが私にはない。

「ただ、僕は君に言えないようなことはたくさんしている。仕事中とはいえ、今回出くわしたのがポアロだったのは幸いだった」

何も起こることのないポアロで、幸いだった。……言外に何を伝えられているかわかった気がして、私はうなだれた。
もっと危険な現場で、偶然私がそこに居合わせとしても彼は私を守ってくれないし、あまつさえ今日と同じように他人として振る舞うだろう。消防警察自衛隊あたりの人と付き合うというのはそういうことだ。公僕は私情を優先できない。

「本名は、降谷零さんでいいんですよね?」
「もちろんだ。……今さら言わなくてもわかってると思うが、僕は有事でも君を優先しないし、いつどこで何をしているかも言えない」

わかってます、と言えるほど納得できているとは自分でも思えなかった。
別れ話かもしれない。……短い交際の間でさえ、もしかしたら夢だったのかもと思っていたのだ。降谷零なんていう男は初めからいなかったと思ってくれ、などと言われてフラれてもおかしくない。

「恋人としては落第もいいところだろうが………でも君に逃げられたらおしまいだ、僕は」

降谷さんの差し伸べた手は、私の髪と頬のあわいに触れた。まるで自分がフラれる側みたいな彼の言い方に私が反論しようとして身を引きかけたのを、降谷さんは見逃さなかった。乾いた手のひらは頬をかすめて、指先が首元に垂れる髪に絡む。
髪を巻き込んだ指にうなじを押さえられ、ほとんど強制的に私は彼の顔を振り仰いだ。キスを受け入れると、私の無抵抗を褒めるように、耳の裏の柔らかい場所を平たく熱い親指が撫でさする。……彼の手つきに、私の身体はぞわぞわと焦れてその先を望むような反射を起こしていた。

「別れなくてもいいんですか」
「……君はすぐに僕を諦めようとする。不満はそれだけだよ」






降谷さんの自己申告によってわかったことがあって、私たちが4時間以上一緒にいたのは実に2ヶ月ぶりだったらしい。
連絡もお互いに一方的なことが多かったし、もし今学生だったら自然消滅を疑ってもおかしくないような程度でしか関わっていなかったということだ。

セミダブルのベッドは身体の大きい恋人と並んで寝るには狭苦しい。
彼のうつ伏せの身体を支える肘の下で、クッションがひしゃげている。降谷さんは頬杖をついて、もう片手で私の髪を梳くように撫でていた。
他愛のない話をして、たまにじゃれついて、こんな恋人らしい時間を過ごしていると、不毛とか不安とか疑問が不意に癒えて消えてしまいそうだった。
彼にとっての自分が、簡単に手玉に取れる都合が良い女でもこの際よかった。とりあえずどうやら愛されてはいるようだったから。


「今日も色々と察してくれて有り難くはあったんだが、でも、君を差し置いてお似合いはなしだろ」

私から降谷さんに「安室さん」のことは聞かないつもりでいたのに、彼の方はあっけらかんとして今日のことを話題に上せた。


「聞こえてたんですね」
「君の顔のいい同僚の話もな」
「顔のいい男はあなたで間に合ってますけど」
「茶化すなよ」


あんなにまで神経の行き届いた愛撫を施して、身体の内外を探れるだけ探って、聞きたいだけのことは引き出せただろうに、降谷さんはこの上まだ私がなにかを隠していると思っている。
とんでもないことだ。今でさえ、彼の方はまるで腹に抱えたものを明かさないで私ばかり暴かれているのに。


「まあでも、降谷さんて仕事が本命みたいなところありますから。スパイ映画ばりに偽名使い分けて行く先々で美女とロマンスしてても驚きませんよ」


痛くもない腹を探られてはたまらないと思って露骨に話題を変えたのに、降谷さんは油が切れた機械のように止まってしまった。
隙を見せるなんて珍しい。半開きになっている唇に、起き上がって自分の唇を押し付ける。
落ち着きを取り戻そうとするみたいに数度まばたきをすると、彼は私の身体を押し返して、ベッドに沈めた。


「……僕をどんな男だと思ってるんだ」
「本妻をこれでもかと愛してるのに妾を囲おうとしてる男」


彼は重ねて絶句した。もしかして初めて降谷さんをやりこめたかもしれない。
忍び笑いする肩の下に差し込まれた彼の腕が、がっちりと私の身体に巻きついた。抗議代わりに無言でぎゅうぎゅうと抱きしめられて、ひたりとくっつきあった肌に、私がまだ笑いをこらえきれずにいる震動が伝わる。

「そういう諦めのいいところが困るんだよなあ」

困るんですか、とは聞かなかった。単に相槌として言ってみようかと思ったけどそれもやめた。体温の高い指先に、額からこめかみへゆっくりと繰り返し撫でつけられて、波に砂がさらわれるように眠気に引っ張り込まれていく。
もうすっかり疲れていた。時間もわからなかった。たぶんもうかなり遅い時間だし、ふだんから鍛えている降谷さんとは基礎体力がまるで違うんだし、もう眠い。
身体中の水の底から倦怠感が湧いていて、彼と自分との境目があいまいになり始めている。

「好きだよ、本当に。愛してる」

降谷さんの声がする。会わない間に見る夢みたいに甘くささやく声が。
私はそれを信じるしかない。目の前にいるときの彼だけを信じるのだ。

次に目が覚めたとき、隣に彼がいなくても。



pixiv投稿分再掲
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