| ナノ
写真


彼には嫌われていると思っていた。そう思っていたことを素直に友達に言ったらいやにきっぱりと否定されて、ずいぶんはっきりと言うんだな、と思った。
どうしてそんなことを今思い出すのかなんて、私は自分を叱り飛ばしたくなる。
あ、と間抜けに伸びた声が出て、あの日彼からの電話に出なければ良かった、と今さら後悔した。こうなるって分かってなかった。電話の向こうで、バレンタインとか、と笑った彼のやわらかい声が耳に、外れない棘みたいに刺さったのを思い出した。

あの日、友達が、あいつがお前を嫌ってる?それはないでしょ、って言ってくれちゃったもんだから私はもしかして、なんて変な期待を持ってしまった。あんなこと聞かなきゃよかった。
きっとバレンタインに時間作ってなんて言ったって彼は「えー…」とかなんとか言ってはぐらかすって私、分かってました。悔しいけど予想の範疇です。私からなんか要らないってことですよね、ほらやっぱり、好かれてなんかないじゃないですか。
バレンタインとか。





「泣くほど好きとか」

私の手からぶら下がったかわいい紙袋をそいつの手がかすめて、私は袋を取り落とした。
鼻で笑ったくせに私が泣いていることには動揺しているらしくて、小さく、泣くなよ、と花巻は言った。泣かずにいられるものか。言い返したつもりで喉から出たのは奥の方ですり潰された嗚咽だった。

「俺、これもらっていい?うちに甘いもん好きな人間がいてさ」

落っこちたダークオレンジの紙袋を持ち上げて、ふらふらと左右に振って彼は言った。好きにすればいい。もらってももらえなかったかわいそうなチョコの行く末なんかどうせ自分の胃袋くらいしかないのだ。
頷いた拍子にぼろりと落ちた涙がブレザーの固い袖を濡らした。私実は失恋って久しぶりなんだった。告白もしない内にフラれるなんて本当にしょうもない。最低だ。

「なあ、これから時間ある?」
「………」

頭の上から躊躇いがちな声がする。これから?家帰って寝るよ。惨めに泣き寝入りするよ。
黙っていたら花巻は空いている手で私がめそめそと顔を覆っている手を取った。手首を引っ張られるまま顔を上げるとバツの悪そうな顔をした花巻が「泣かれると調子狂うからやめろ」と無理な注文をつけてくる。
失恋した友達をいたわるとかねぎらうとかできないの。慰めるとか、できないの。

「だから泣くなってば」

ブレザーの袖口からパーカーの袖を引っ張り出して花巻はあんまりやさしくない手つきで私の目元をこすって拭った。はなまきぃ…、なんて情けない声を出して私が聞き分け悪く泣いていると彼は降参だとでも(あるいは勘弁してほしいとでも)言いたげに私の肩の後ろをとんと軽く押して自分の腕の間に入れてしまった。甘んじてすり寄る私の髪に花巻が指を差し込んで梳く。
耳元に頬を寄せてきた彼が、腕に力を入れながら寒そうにちょっと鼻をすすった。

「やっぱりチョコ、俺に頂戴。最初から俺の分だったってことにしてさ」
「……本命なんですけど」
「うん、知ってる。だから頂戴」

顔を上げようとした私の後頭部を花巻の手のひらがやんわりと押さえつける。

「哀れなフラれヤローに恵んでくれるよね?」

棒読みだった。友達の腕の中で泣いている事実に今さら怖気づいている私の心中を察したみたいに、花巻は続けた。

「好きな子のなら偽装本命でも欲しいような奇特な奴だから、俺」

………自分だってちょっと泣きそうなくせに何言ってんの。

×