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「何食べたい?」

肉がいいか魚がいいかというレベルの話だった。こないだ誕生日だった後輩は、じゃあ肉で、と答えたので、バイト代叩いて焼肉連れてくことにした。オシャレなお店連れてってあげてもいいんだよと茶化すと彼は大口開けてにかっと笑って、

「腹いっぱい食いたいっす!」

じゃあいいや。



私は一旦家に帰って、そのあとで部活帰りのリエーフと合流した。上下真っ赤なジャージを着た高身長で、見事なくらいのハーフ顔に銀髪。彼は待ち合わせの場所に向かって歩いてくるだけで恐ろしく目立っていた。私に気付いて、大きな身体でめいっぱい目立っているくせになおその長い腕を伸ばして「名前さん!」と手を振って駆け寄ってくる。高1は無邪気だ。…そんなにしなくてもきみが来たのは一目で分かる。猫背気味に私のことを見下ろして、お待たせしました、と機嫌よさそうに笑う彼に、でもそんな可愛げないことは言えなかった。彼とは2つ年が離れているだけなのに、不意に私はものすごく年をとったような気になることがある。このまま仲良くして、本当に好きになってしまったら、きっとその差は耐え難いものになっていくのに。


並んで歩いても店で対面に座っても、リエーフはそわそわしたりニコニコしたり上機嫌だった。手元にはまだお冷しか来ていなかったけど、とりあえずそのグラスを持ち上げる。

「じゃあ、お誕生日おめでとう」
「ハイ、ありがとうございます!」

並々と水の入ったグラスを、リエーフはがつんと勢いよく私のグラスにぶつけた。少しこぼれたが彼は気にせず、通りかかった店員にさっそく注文を入れている。

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網の上には隅々まで肉が並んでいる。たまに肉の油で炭火が炎上するのを、リエーフはキャッキャと楽しそうにしてはもりもり食べた。おいしそうに食べるなあ、と思わず行儀悪く肘をついて彼の顔を眺めていると、肉を口に入れて咀嚼していた彼が、ごくりと口の中の物を呑み込んで言う。

「そういえば、何で俺にこんなよくしてくれるんですか、名前さんて」

不意に真摯な顔をしたリエーフはとても美形だ。ただ、どうしてと言われても難しい。こないだ彼が誕生日だったことが一番の理由で、あとは、今のうちに後輩をかわいがっておこうかという先輩面したい気持ちとか、私の幼馴染たちのことをしっかり支えてやってくれよとか、多少の下心とか、色々ある。


「太らせて食べようと思って」
「…名前さんが、俺を、ですか」

一瞬、空気がひりついた。リエーフの目がぎらついた気がして、一口水を飲む。グラスと、肉の載った金網越しに、姿勢の悪いハーフのイケメン。唇についていた油で少し水が濁った。


「そう。あ、でもリエーフはもっと筋肉つけないとね」
「う、そりゃまあ黒尾さんとかと比べるとヒョロイかもですけど」
「あークロはね、バレー部では一番好みだね」
「…仲良いですよね、黒尾さんと」
「まあ兄弟みたいなもんだから。あ、あいつに今日のこと言わないでよ。たかられる」
「今一番好みって言ったじゃないですか」
「ブラコンなの。でも財布狙われるのは勘弁」


リエーフは、くるくると素直に表情が変わる。黒尾や研磨とは違う。正直で、裏表がない。嬉しければにこやかだし、気に入らなければそういう顔をする。肉食のオスみたいな目でぎらついた次の瞬間に、バツが悪そうに肩をすくめる男の子に戻ってしまう。

「名前さんて、ちょっと黒尾さんと似てますよね。すぐ話まぜっかえすし」
「目つきの悪さも似てるでしょ」
「それも似てますけど」

箸の先で肉をつまんで口に入れると、リエーフは思案気に黙り込んだ。網の上に残った肉を、焦げない内に小皿に避難させる。これまでに頼んだものはあらかた食べつくしてしまっていた。リエーフは小皿に載った肉を黙々と口に入れて、変に凛々しい顔をして食べている。
皿が空になった。火ももう埋み火で、リエーフは神妙な顔をして箸を置いた。ごちそうさまです、と手を合わせて言って、束の間、彼は私を見た。緑がかった目の色がとてもきれいだ、彼は。

「…肉食わしてくれるんですよね?」
「…ごちそうさましたでしょ今」
「うん。でもほら」

ごちゃごちゃと散らかった卓の上に肘をついている私の頬に、リエーフの手がさわった。ボールも人の顔も一掴みの大きな白い手が、頬の感触を確かめるように動いて、親指が唇の際を撫でた。

「名前さんも、肉じゃん」

誕生日だったしいいでしょ、とリエーフは付け加えた。子供のような、冗談を言っているような、うっすらと開いた彼の口元。さっき一瞬だけ見せた、ひりつくような視線が遠慮なく私を見ている。彼がどんな意味で言っているにしても、確かに、私も肉だろう。

「欲張り」
「だって期待したもん。俺、特別扱いかなって」

力が入ると、リエーフはぽっかりと敬語を忘れるらしい。

「…とりあえず私、会計してくる」
「え」

拍子抜けしたリエーフが脱力して、手が離れていく。さっさと荷物をまとめる私を、なんとなく恨みがましく見つめていたと思うと、渋々の様子で彼も真っ赤なジャージを羽織ってエナメルバッグを担いで立ち上がった。


「次は俺が奢るから、また飯行こうよ、名前さん」
「まあいずれね」
「じゃあちゃんと待っててくださいよ。絶対ですからね」


路地に出たところでリエーフは強く言い含めるのと一緒になぜか私の手を掴んだ。そのままずんずんと駅に向かって歩き出す。私は改めて、この子大きいよなあ、とその背中を眺めながら、別に何をしてもらわなくても私にとってすでにリエーフが特別になりつつあることを、いつ言おうか真剣に考えてしまった。



title by にやり
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