似てるよね、とはよく言われる。特別に親しいつもりではなくても一緒にいる年月は折り紙つきの男と私は、笑い方が、所作が、ふとした口振りが、似ているのだという。 そういうのをシンクロニーと言って、好意を持っている相手のことを真似ているんだと。 「あれ俺もよく言われるわ」 「どれ」 「似てる〜って」 誰のマネなのか変に甲高い裏声を繰り出した黒尾が、私が買ってきた雑誌のページをめくった。 「似てる?」 「言われるくらいだし似てんだろ」 身長高くて髪が黒くて目つきがきつい、その程度の容姿の接点で大して親しくない人からは親戚?などと聞かれるんだからたまったものではない。親戚なら説明は単純で済んだのに、と思っているくらいだが、それを聞かせたとき黒尾は言った。「実は本当に家族なんですって言っとく?」…余計ややこしい、と真面目に言い返すまでもない軽口だった。 「こんなぐだぐだ絡んでるから言われるんですよ、ああいうの」 「まあまあ。お前とぐだぐだすんのも俺は別にまんざらでもないですよ」 「マジで言ってんの」 「まあまあ本気」 「ふーん」 いつまで女のファッション誌読んでるつもりだろう、と彼の手元を眺めて適当に相槌を打つ。程度の問題はあるにしても黒尾の軽口は軽口の域を容易には出なかった。お互いにお互いのことをしょうがねえな、と思っている気持ちがある。どちらがどちらとも言えないが、兄姉面をしたい互いの性分のせいでそうなのだ。 今季のトレンドがどうとかレイアウトとか何もなく謳い文句が乱雑に入ったページが開いている。これは好みじゃないな、と思いながら、興味なさそうに同じ場所に視線を落としている黒尾の鼻筋に目を移す。まっすぐに線を描いたみたいに通っている鼻筋。 私はゆっくりとまばたきをする。猫はゆっくりまばたきすると警戒心を解くらしいとか、猫からのまばたきは信頼や愛情を示す動作だとか聞いて、後者はともかく人間にも効くかな、と思って。 「黒尾くん的にはどれ好みですかー?」 「俺の好みでいいんすか、まじすか名前さん」 「いやもうわかんないよ、服とか靴とか」 着れりゃいいじゃん、からの、多少はよく見せたい、という欲が出て、結局何がどうで可で良で優なのか分からない。どうせなら手近な人間の意見を聞きたいし、優柔不断になってそれに左右されたい。楽がしたい。気を抜きたい。黒尾といるときみたいに。 顔を上げた黒尾の目と目が合う。一瞬、沈黙した。お互い真顔だった。彼がゆっくりとまばたきをする。 「披露する相手いないんじゃないのお前」 「それはどうだろう」 「いたとして黒尾くん好みの格好で行くわけ」 「そうなるね」 「俺が彼氏だったらさめざめと涙するわ」 「そりゃそうだ」 「ふーん」 私にその経験があることを、黒尾は看破したようだった。お前あいつと仲良いの、どういう関係なの、から始まって、別にふつう、と。言ってしまえばそこで終わりだ。そんなわけねえだろと言われて終わりだ。 確かに私にとって替えが利かないのはその彼氏ではなくて黒尾の方だった。 「家族だったら楽なのに」 「俺と?」 「そう」 「なる?」 「養子縁組?」 「厳しい」 「うち兄しかいないからなー姻族路線は無理だし」 「勘弁しろよ」 また少しの間が空いた。私がにやついていると、黒尾もにやりとした。手元を見ないまま雑誌を閉じる音だけがした。向かい合って30pの距離。ゆっくりとまばたきをする。 「俺と結婚、する?」 「しない」 「おい」 「バレーから私に乗り換える気になったら付き合って」 「同時進行でひとつ」 「浮気者」 思わず噴き出した私が笑いを収めると、唇に唇が当たった。ほんの一瞬をかすめとるように、人目をはばかるように。放課後のこんな時間に人がいるわけないのに。 「長年の片思い実っちゃったよ俺」 「お互い様」 黒尾がまたにやりとした。私はもう一度彼とキスをして、雑誌も片づけて、いい加減帰ることにする。 帰り道は、彼と手でもつなごう。幼馴染のままじゃできなかった。 ×
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