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そこは、蛇の、開いた口の中に似ていた。
肉の色、内側の細かいざらつくような凹凸、粘液でぬめる感触。拒むように包むようにせばまってうごめくそこは温かくて熱い。咀嚼される肉。自分の細い身体の管よりも大きな鳥の卵を、あるいは肉を、呑み込む、蛇。
身体を逃げるようにくねらせてもがいている彼女は、蛇に似ている。
不明瞭な、鋭い、ぼやけた、うめきのような喘ぎのような、威嚇の声に似た、求愛の声に似た、彼女の声。

……不思議だ。男はぼんやりと考えながら、細い首にかけた手指をわずかばかりゆるめて、女の肌に口をつける。彼女は頬を紅潮させて、開いた口から声の漏れる度にそれをかみ殺すように歯噛みするのに、身体の白い肌という肌を気色ばんだ薄桃色にして、眉間にしわを寄せて目を閉じ、耐え難きに耐えるような苦悶の表情ですらあるのに、決して、いやだ、とは口にしなかった。男にはとことん不思議だった。あまりに寛容な、甘えた、それでいて建前を抱いた胸を息も絶え絶えに守ろうとする彼女の姿は。

「新城さま」

ふと彼女が名前を呼んだ。瞼を落とし、顔を背けて、腕は真正面の男を拒むようにリネンを握り締めているのに、その声は、どこか懇願するようですらあった。丁寧に、丹念に磨きでもするように繰り返し彼女は、男の名前を呼んだ。視線を憚るようにうっすらと開いた目に涙が浮いている。
そのせいで彼にも分かってしまった。彼女は、ありとあらゆる人々のいくつもの思惑をはるかに超えて、本気でこの男を愛しているのだと。
薄い爪が寝具をかきむしる。新城はいつの間にか彼女の首を絞めるのをやめていた。蛇。白い裸体。

「新城さま、あなたは」

いつも愚かな考えにとりつかれている。妄執なのだ、彼女と自分とが愛し合えるかもしれないと、そう信じたいがための。
共に沼の底まで沈んでも構わないとそう感じているのは自分だけではない。彼女の方こそそれを強く望んでいる。知っているのだ、彼女の望みを知っている。

「少し、黙っていてくれないか」

彼女の口数など大した数でもなかった。聞きたくなければそのためにもう一度そのなよやかな首を絞めればいい。
ただその声に名を呼ばれることを、新城の臆病な心が拒んでいる。怯えているのだ、共に溺れることも厭わないと感じていながら、そのことに怯えている。それを考えつく無謀、本当に堕落していくことにも。
勝手なことだ。愛人として囲うことも敵わない女に手を出して、不当な恋慕を寄せ合っていると知っていながら、小心が顔を出してざわめいている。

沼に足を浸して待っていただけだ、彼女は。そこへ続く坂を転がり落ちているところなのだ、自分は。女は竦みながら、男は怯えながら、これは相手を愛することではないと知っていながら息を弾ませてこのときの来るのをずっと待っていた。互いに。おそろしかったはずなのだ。身体を知れば絡み合ったまま巻き込まれて、苦しみながら、なのに恍惚として、沈んでいく他ない自分たちの姿が見えていた。
信じたいのだ、妄執なのだ、………愛などとは。

「名前、あなたというひとは」
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