リクエスト | ナノ

あの日以来、新開君は何かと私に毒を盛ってくる。

しつこいくらいに、何度も心にトゲをさしてくるのだ。昨日だって私がドジ炸裂して、持っていた書類をばらばらに落としてしまったら「こんなこともできないのか」と小さく、ぶつぶつ言って手伝った。先生に出すレポートを忘れていて怒られた後に、新開君も忘れていたようで一緒に怒鳴られた。先生がすっきりしたところで帰り際に新開君は「同類だな」と嘲笑っている。話の長い先生に絡まれて私が苦笑を浮かべていると、新開君は遠くでじっとこちらをにらんでいる。

徐々に、精神的にも苦痛を感じてくる。これは毒であり、トゲであるのだ。新開君の存在は案外遠くにあると思っていたのに、近くに感じる。そして、近くに感じるからこそ恐怖は膨れ上がっていく。私が近づいているわけじゃないのに、必然と隣にいる。ぴったり、という言葉は似合わない。そう、そっと隣にいるの。


今日も理不尽な仕打ちを受けてきた私。プリントを回すのを忘れていて、慌てて手渡すと小さな舌打ちが聞こえた。ズンと胸に重石が乗っかったようだ。私が忘れていたのが悪い、けれどそんな仕打ちはどう考えても酷くて、それで幼稚である。


進路調査がきた。

書かなければいけない、けれど自分自身何がぴったりと肌に合うのかわからない。まず考えることは進学。どんな進学先にしようか。将来自分がこうなりたい、ああなりたいという大まかなビジョンなんてない。というか、今現在何処へ向かって走っているのかすらわからない。ただ愛日同じ時間に様々な勉強をして、部活をして、テストして、の繰り返し。このままでいいのか、なんて不安もあるけれどそれを変えるためのアクションも発想もない。大学とか専門学校は自分の進みたい道のレールを敷く作業に等しい。その次に考えたのは就職。確かに高校卒業にすぐ就職したら下で、職に就いている20歳と大学生の20歳は大きく異なる。知識の差も大きければマナーという差も大きい。けれど就職と言ってもどんな職種につきたいか、という点では進学と同レベル。


「どうしようかな…」

「迷ってるの?」

「いや、迷っている前の問題」


頭を抱えていると気さくに友達は声をかけてくれた。私は真剣な顔つきになって答えると、深刻な噺なんだと気づいた友達も同じような表情にかわった。友達は「好きなこととか興味あるものは?」と聞いてきたけれど、苦笑しか出てこない。


「私は、なにをしたらいいのやら…」


呟くと、友達は「まあ、思い切りも重要かもね。私先生のところへ行ってくるね」と言ってその場から去ってしまった。
教室には私一人だけとなった。一人で書くのも、つまらないし、寂しい気がしてウォークマンを取り出した。自分の好きな曲を詰め込んだウォークマンはやっぱり気晴らしになる。最近好きになった洋楽を探していると、誰かがドアを開ける音が聞こえた。反射的に私は顔を上げた。そこにはあの新開君だった。


新開君はこちらをみて、一瞬で顔を歪めた。私は見なかったようにそっと視線を外してウォークマンにつないだヘッドフォンを耳にかけると、静かに洋楽が聞こえてきた。進路調査なんて後にして、他のことをしよう。国語の要約、まだ終わってなかった気がする。


「……」


耳に届く音じゃない、そう、誰かの声が聞こえた。ヘッドフォンを耳から外して顔を上げると新開君が立っていた。ふらりと、叱られた子供のように、何か背負っているようであった。


「…あ、の。新開君」

「進路調査」

「え」

「進路調査、まだ書かないの」


新開君の声は、地を這うような声ではなくて、子ぎつねが人間のところへ手袋を買いに来た時のような声だった。あわてて首を縦に振る。


「まだ、よくわからなくて」

「よくわからないって?書き方?」

「ううん…私、何に進もうかなって、考えてて、でもまとまらなくて」


新開君にはわからないでしょうね、私みたいに、何のとりえもなくて、特徴も、これと言ってできることもない、人間のクズが進路調査で悩んでいる気持ちなんて。将来、何になりたい?と聞かれたら、すぐに答えられそうな彼とは違う。一瞬だけ、新開君の目を見ると、新開君もそんな私の不意打ちに驚いたのか、たれ目を大きく開けた。だが、すぐにそらして、何事もなかったかのように私は進路調査書をしまおうと思った。


「ねえ、その」


新開君は私に何か言おうとしている。罵倒であろうか。内心、怯えながらもう一度新開君を見る。視線はわたしではなくて、別のところに向いていて、何度か口をパクパク開けている。


「俺は、成績がいいわけじゃない。唯一の取柄は、自転車と、人脈が広いってことくらい」

「う、ん」


いきなり何の話をしているのか、理解できなかったけれど進路についてだと分かった時、真剣に聞こうと思った。新開君は口をもごつかせる。


「寿一みたいに本気でプロ目指してるわけじゃないし、靖友みたいに一生懸命なんでも取り組むことだってちょっと苦手だし、尽八のように自信があるわけじゃない。でも、確かに俺の中ではちゃんと『俺というスーパースター』がいるんだ。進路で悩むのはさ、将来を高く見すぎているんじゃないか?自分のスーパースターはそんな高い位置にはいないだろ、そのスーパースターにどんな方法で近づけるかが一番重要だと思うんだ。どんな方法、っていうのが進学なのか、就職なのか、そういうことで…うーん…あんまりまとまんねぇな」


初めて新開君が私に話しかけて、説明している。私にわかりやすいようにちゃんと順を追って。この人本当に新開隼人なの?
普段から私のことを嫌悪している新開隼人はどこ?


「じゃ、じゃあ」


新開君に話しかけようとしたら、新開君はどこか落ち着かない様子で、そのまま廊下へ出てしまった。彼はいったい私に何をしたいんだろう。疑問が渦巻く中、私は自分が握っていたウォークマンをカバンにしまった。


「進路、スーパースター…」


新開君のスーパースターとはどんな外見、中身があるのか気になってきた。