リクエスト | ナノ

進学先が決まった。場所は静岡。本当はもっと田舎の方へ行きたかった、人が少なくて、何より誰からも干渉されず、あいさつもちゃんと返ってくるような、ほんのり温かみのある場所。高校で苦い思い出を残しているので、大学が少しだけ怖い。


姉と妹と一緒に買い物に出かけなければならなくなった。近くの大型ショッピングモールではなくて、ちょっとだけ学校に近い家具を置いているショッピングモールだった。もしかしたらクラスの人たちに会えるかも、と、淡い期待を込めていたけれど一瞬脳裏をよぎったのは茶髪のパーマをかけたたれ目の男の子。いいや、もう彼は東京へ行ったと聞いているし、買い物をしていたとしても、向うから突っかかって来ることなんてない。

暗い顔をしていた私に気づいた小さな妹は「大丈夫?」と聞いてきた。平気なそぶりで私は小さな妹のつむじの見える頭をなでておいた。


「姉さん、運転怖いんだけど」

「そう?上手に運転したつもりなんだけど」


車から降りると姉に文句を言う。姉の久し振りの運転はアトラクション並の恐怖を発生させる。普段なら車の中でもおしゃべりな妹も黙っていた。そのせいか、車を降りた途端切羽詰まったような顔をして私に駆け寄った。


「ねね、おしっこ!」


私は妹を抱いてトイレへ連れて行こうと思ったけれど、私自身このショッピングモールで買い物をしたのは数回。だからどこに何があるのかわからない。ここは何度もショッピングモールに来ていた姉に頼むしかない。


「ねね〜!」

「姉さん、頼む。トイレどこにあるかわからない!」

「わかった、まかせて。アンタはそうね、一階の噴水のベンチに座って待ってて」

「了解!ほら、姉さんと行ってきて」


妹を抱き上げて姉に引き渡すと、姉はヒールなのにもかかわらず走って行った。すごいなぁ、なんてぼんやり思っていると私も出発しなければ、なんて自分にはっぱをかけた。
ショッピングモールの噴水の場所はわかるので、私は適当に近くにあったベンチに腰掛ける。初めは携帯でも出しておこうかと思ったけど、こんなに人通りも多いし、荷物を取られたりするのは嫌だな。ぼんやり周りを見ていると騒がしい声が聞こえた。


「ンでテメェは勝手に甘いものカゴに入れやがんだ!」

「いやぁ〜カゴに吸い込まれて」

「吸い込むのか」

「フクチャン、違うヨ」


この声の主はヤンキーの荒北君と自転車部の主将の福富君、そして新開君だ。どうしよう、そうだ、気づいていないふりをしよう。

今日は伊達メガネをしてきたからきっとばれない。それに、少しは化粧してきたし…。携帯をカバンから取り出そうと思ったら、案の定、鞄にはなかった。そうだった、姉に携帯を貸してるんだ。サイアク。

心の中で焦っていると、どんどん声が近くなる。


「隼人、食べ歩きはよくないぞ。消化に悪い」

「どこかに座ろう」

「空いてるところねぇかな」


どうしよう。こっちに来る。
また、邪険にされるのかな。大声あげて、怒鳴って。何もしていないのに。
そんな時だった、遠くから「ねねー!」と叫んでいる妹がいた。今なら天使に見える。私は立ち上がって、妹に視線を合わせる。ちかくにいた姉も妹に遅れて走ってきた。そのままどこかへ行くのではなく、姉は私の座ってたところにドカッと座り込んだ。


「ナマエ、どこ行く?まずはラック?それとも食器?」

「え、あ…う…ん」

「なに?ほかに見たいものとかあるの?」


答えに詰まっていると二つベンチをはさんで新開くんが座るのが見えた。そのとき、ちらりと視線が合った気がした。私は知らない素振りで視線をそらすけれど、横から見られているような気がする。妹を見るふりをしてもう一度顔を上げて新開君を見ると、新開君はやっぱりこっちを見ていた。どうしよう、気づかれた。でも、今はもう学校も卒業しているし、大丈夫かな。もう、話しかけてこないよね。


「ねね、アイス食べたい」


妹は近くのアイス屋を見ていった。今日はそんな余裕をもってお金は持ってきていないから「我慢してね」と言った。けれど不満そうだった妹、頭を悩ませていると「あの」と誰かに声をかけられた。


「久しぶりだな、ナマエもここに買い物か?」


向うからやわらかい口調で話しかけられたのは初めてだ。私は戸惑いながらも「うん」と答えた。声をかけたのが男の人で、それでもってかっこいい人だったので姉と妹は目を丸くしていた。新開君は屈んで、妹に「アイスじゃねぇけど、これ食ってくれ」と渡したのはゼリーだった。「ありがとう」と嬉しそうにお礼を言う妹と反対に、私はまだアタフタしている。


「んじゃ、俺戻るから。じゃあな美野里」

「うん、じゃあね」


新開君は私に手を振ってベンチへ戻った。残り三人からの視線も痛いけれど、新開君の謎の行動が私にとっては恐怖の対象だった。早く出て行こうと、私が二人を促す前に、姉と妹はもう移動しようとしていた。


「さっきの人、かっこいいね。なに、クラスメイト?」

「ねね、なんかゼリーの後ろなんか書いてる」


妹は私にゼリーの殻を渡して見せる。よく見ると、消えかかった文字。アドレスだ。進学先の名前まで書いてあった。妹は嬉しそうに口をもぐもぐさせていた。