リクエスト | ナノ

声の大きいセミロングの女の子が言った。黒田君、隣のクラスの子に告白されて断ったんだって。小耳に挟んだ会話をペットボトルの水を一緒に飲み込んだ。はっきり言って、もう黒田とは関係を断ち切った。手綱みたいに太かった絆、所詮幼馴染。そんなのはくだらない喧嘩によってなかったものに等しくなった。男女の間には友情も、幼馴染と言う関係も発展しないことがよくわかったから、人生経験という視点では得した気分になっている。

恋の話が三度の飯より大好きそうな友人は私に怪しい笑みを浮かべながら言った。


「黒田君ってさ、告白されても必ず「好きな人がいる」って言って断るんだって」

「なあに、その都市伝説みたいな話」


小腹がすいたのでブラックサンダーの袋を開けて口に運んでいると友人はあきれたような溜息をついた。なんだ、おいしんだよ。しかも三時間目と四時間目の間ってピークなんだからね。心の中で文句を言いながら友人に視線を移した。


「アンタって黒田君の話になればそっけないね」

「そう?」

「そうよ、何か恨みでもあるの?」


この時、相当私の顔には醜悪を込めた感情が表現されていたらしく、友人は小さく悲鳴を上げた。酷いな、私の顔はそんなにおぞましいか。


恨み、とはちょっと違う、黒田雪成にはくだらないことをきっかけに不仲になったのだ。名前を出されると過剰反応するくらい不仲になったのだ。黒田と喧嘩したのは高校に入る前、春休み中のこと。寮に入るための準備をしていのだ。偶々、自分の引っ越し準備が終わったから雪ちゃんを手伝っていた。


「早く誰かと付き合いたいな、先輩とか」


と、私の発言から喧嘩は始まった。なぜこれで始まったのかは私には到底理解ができないが。


「っは、絶対ねぇな」


小ばかにする雪ちゃんの言い方には慣れていたけど、今日は無駄に癪に障った。私だって高校生になったら先輩や誰か彼かに声をかけられて恋愛をしたい、あわよくば彼氏を作りたい。少女漫画にあったような出会いも一度はしてみたい。なんて夢見がちなことをバカにするなんて雪ちゃんはやっぱり女心わかってないなぁ。


「なんでよ」

「お前みたいなガサツな女とだれが付き合うんだよ」

「ガサツって…酷い」


デリカシーのない言葉に率直に意見を申すと雪ちゃんは笑っていた。絶対悪気とか、気づいてない。親しき中にも礼儀ありという古来から伝わることわざを教えてあげたいくらいだ。


「本当の事だろうが、それにお前って」

「もういい、あっち行って」

「おい」


私の豹変ぶりに雪ちゃんは慌てて弁解しようと思ったらしく、持っていたものを床に置いて逃げるように去っていく私の手首をつかんだ。この日、私もむしゃくしゃしていたようで、掴まれた手を振りほどいて雪ちゃんに怒鳴りつけた。


「あっち行って!喋りたくない!!」




懐かしいことを思い出していると、開封しようとしていたお菓子をくしゃくしゃにしていた。友人は悲鳴を上げたはずなのに、性懲りもなくまたにまにましている。彼女の頭の中にはお花畑な妄想しかないみたいだ。現実はもっと泥沼化している。


「わかった、アンタ黒田君に片思い中か」

「おめでたい頭ね」

「大丈夫、私が黒田君に口利きしてあげるから」


なぜ幼馴染である私が口利きする立場なのに、される立場に逆転しているんだ?つまらなくなって粉々になったお菓子をカバンにしまい込んだ。


「だから私は黒田のことなんて微塵も好きじゃないわ」


言い切った。友人はまた悲鳴を上げた。自分の表情がどうなっているかはもう気にしないことにした。その時、廊下で大きな声が聞こえた。


「わぁ!!雪ちゃん!どうしたの」

「っるせ、バカ」


自転車競技部の大きい体の男の子の声と、雪ちゃんの声だった。もしかしたらさっきの会話を聞かれたかもしれない。でもそれならそれでいい、私は悪くないんだから。喧嘩したときに雪ちゃんが適当に流すか、軽く流すくらいでよかったのに、詰るように私に言ったのが悪い。



風呂上がりに知らない女の子に声をかけられた。雪ちゃんが談話室で待ってるっていうことだった。待ってるってどういうことだろう、もやもやしながら談話室へ行くと、雪ちゃんは膝を抱えて椅子に座っていた。私は「黒田君、なに」と、他人行儀に接した。ふっと顔を上げた雪ちゃんは泣いていた。気まずいので視線をそらすと、誰かが手首をつかんだ。紛れもなくこれは雪ちゃんだ。


「あのとき、ごめん」


かすれた声に、震えがまじっていた。


「俺はお前のことが好きだ。だから、もう、無視しないでっ」


ぶわっと顔が熱くなるのがわかる。まともに雪ちゃんを見ることができない。


「雪ちゃん、私もあのとき、怒ったりしてごめん」


激しい鼓動と同じくらいの大きさの音で言うと、雪ちゃんは答えを聞きたいと言わんばかりの表情を浮かべる。答えなんかとっくの昔にわかってるくせして。

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