(仲間になる前の話)
柏餅には玄米茶が合う。自論であるけれど。普通の餅のようにもちもちと歯ごたえがあるものではない柏餅には、しっとりしたあんこが入っていて口どけもよく食べやすい。喉を通って行くごとに儚さと、食べたという安心感がある。温かいお茶で口直しすると、また欲しくなる。私が上機嫌に柏餅を食べていたことに靖友様はにやにやと笑って話しかけた。
「甘いものが好きなの?」
「好きだ。だが、金平糖や羊羹よりはくずきりあんみつのほうが好きだな」
夏にはよく冷えたくずきり、華やかでのどごしのいいあんみつ。じっとりとした夏で冷たい甘いものを食べるのは史上最高である。夏が待ち遠しい。話している間に顔がにやけていたのかもしれない。靖友様は私に手を伸ばして肩に腕を回した。
「へえ、外に出ればいっぱいそういうお店があるぞ」
「遠まわしに私を従順になれと命令していないか」
「悪いようにはしねぇって、待遇もいいんだからさっさとウチに」
「断る」
一連のやり取りを見ていたのか、暇つぶし程度に扇子で遊んでいた東堂様がこちらを一瞥した。その眼差しはいろんな感情が混じっていた。呆れている、楽しんでいる、話に加わりたい、私の動作をうかがっている。東堂様は暇つぶしとしてよく訪れるが本当は私の監視だろう。東堂様は私ではなく、靖友様のほうを見た。
「荒北、そんなことでは彼女はこちら側にくるまい」
「ッセ!」
「うるさくはないな」と言い張って、東堂様は遊んでいた扇子を胸にしまって私にかえしと一緒にお菓子を差し出した。それは柏餅ではないが、べこ餅。嬉しくて「ありがとう」と笑って受け取ると東堂様は目を見開いた。私はそれに気づいて、仏頂面に戻した。東堂様はまた、いつものように目を細めて顎に手を添えて考えるそぶりを見せる。靖友様は面白くないと言わんばかりの表情を浮かべて自身の爪を眺めていた。きっと男娼のときからの癖だ。女の人の体を傷つけないように爪をきれいに磨いておくのだ。
「甘いものを好む理由は、きっと今まで食べたことがなかったんだろ」
「…本当かよ?」
靖友様は心底驚いた顔を見せた。そりゃ、靖友様やほかの男娼たちは食べているはずだ。栄養と、女との会話を楽しむために甘いものの知識も学ばされる。それと反対に私たち用心棒はなかなか食べさせてくれない。それはお頭が「甘いものを食べると判断が鈍くなる、それに男が甘いものを食べるのはらしくない」という論からだ。
「そうだな。普段、甘いものはおはぎくらいしか食べたことがないな」
「え、団子は?」
「食べる時間を要求するものはなかなか食べさせてくれなかったな」
そう言い終えると、東堂様はにやりと笑った。何かを企んでいる笑みにそう違いない。私は顔をひきつらせ、靖友様に視線を移すと、靖友様も同じようにとらえたようで顔をひきつらせて口を挟んだ。東堂様は扇子を取り出して私たちに向ける。
「…よし、わかったぞ」
「俺、嫌な予感しかしないんだけど」
「フクに頼んで餌付けを」
「舌噛み切って食べれなくさせたらどうすんだよ、こいつ本気だぞ」
「…今のはなかったことにしておけ」
東堂様はそう言ってしょんぼりとした表情に打って変り、そそくさとその場を立ち去った。残ったお茶を私がすすると、寡黙に変わった靖友様。何を話していいかわからなくなった。舌噛みちぎる、ということは私がここに入るという意識はまだないということ。そんな中の私たちが楽しく会話できるなんて、笑っちゃう。
「なあ」
靖友様が私に声をかけた。ゆっくりと振り向くと、靖友様はやわらかい笑みを浮かべていた。柔和な笑みを初めて見た私は不自然ながらも視線をずらした。面白がっている表情じゃないことが、とってわかる。
「なあ、お前は砂糖漬けの言葉、好きか?」
「さ、とう…?っごほ、なんで、いきなり」
砂糖漬け、ということは甘ったるい言葉。男娼が女を捕まえるために習った言葉のことをさしている。手練手管に施された、砂糖漬けの言葉に好き嫌いあるのだろうか。聞いたこともないので私はお茶でむせかえってしまった。口元を手で押さえていると、そっと靖友様が口元を抑えている手を奪い取って自分の口元へ押し付けた。
「捕まえた、甘ったるいにおいもする。あぁ、食べちまいてぇ」
「腹がすいているなら、泉田様に」
「そんなもんじゃ満たされねぇんだよ、オメェじゃなきゃ」
と言いながら、そっと私の指の間を舐める。気持ち悪い、っと思って私は手をひっこめようとした、だが、靖友様のほうが力が強いのでどうやったって逃げられない。
「動かねぇんだったらほんとに、取って食っちまうぞ」
私はその言葉にじん、っと頭の中が痺れて顔が赤くなるのが分かった。靖友様の手を振り払って私は急いで部屋を出た。バダンっと靖友様が倒れる音が聞こえたが私は知らんぷり、廊下に、たまたま歩いていた新開の二人を見つけてそこへ向かった。手を振りほどいて、走っている間に、かすかにひんやりした指の間は靖友様の唾液のせい。まるで蜘蛛の糸をからめられたようで、私は必死にその事実をなかったことにしようと頭を振った。
「あーあ。俺、振られちまったか」
とニタニタ笑っている靖友様が畳の上で寝そべっているなんて知らない。
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