その他長編 | ナノ


夏よいセレナーデ


かもめは弧を描きながら夏雲のしたを悠々と飛んでいる。人々の疲れを知らないけ、カモメたちは、空から人々を見下ろし、人々が織り成した世界を眺める。
たしぎはいつものように鍛錬を重ねていた。スモーカーは鍛錬の休憩に入った時を狙ってたしぎに近づいた。普段ならいつでも構わず来るはずの相手、こういうふうに他人を気遣って行動するときは何かしら秘密がある時だ。わかりやすいところもある上司をたしぎは心の中で楽しんでいた。

スモーカーの手に握られていたものは、その強面に似合わない可愛らしい便箋。
その便箋は、スモーカーが溺愛してやまない奥さんへの愛を綴った手紙らしい。内容は一度も読んだことはないけれど、不器用な人だから、きっとうまく気遣う言葉は書かれていないだろう。ぶっきらぼうで、でも欲しい言葉は捻じ曲げないでストーレトに。


「たしぎ、こいつを頼む」

「はい!」


頼まれたとおり、手紙を出そうと思ったがたしぎは立ち止まった。
このままでいいのだろうか、四季折々に手紙を出すだけで奥さんに会わないなんて。このまま、破局なんて…。

考えたくないことだが、たしぎはスモーカーの仕事をするだけの背中を見ると心配になる。主に奥さんが。

優しくて、控えめで、人を気遣いすぎて空回りするところがあるけど、言って悪いがスモーカーには不釣り合いだ。

たしぎは郵便ポストに手紙を入れて、スモーカーのところへ向かった。




「手紙出してきました、けど、いいんでしょうか…」

「あ?」


書類を片手にスモーカーがこちらを見た。明るい性格で、正義を掲げているたしぎがなにか大事に話すときは、大体、彼女自身が悩んでいることだ。たしぎはひるむことなく言葉を続けようとするが、スモーカーは書類から手を離して話を聞く態度に一変。


「手紙だけで済ませるのは、ダメだと思います」


そんなことか、とスモーカーは心の中でそう思いため息を吐いた。仕事のことか、麦わらのことか、と期待していたが自分自身の奥さんとの話を言われる始末。そんなに自分が、大将青キジのイモトと結婚するのが気に食わないのか。
確かに奥さんを大事にしろと、上司どもに呪文のように言われてきたが、部下に言われるとは予想打にしていなかった。

また書類に目を向けて、仕事を始めようとした。そんなことに気をつられている暇はない。


「たしぎ、仕事と私情を挟むな。今は仕事だけ打ち込め」

「その間に誰かに取られても知りませんよ」

「…」


ぐっと押し黙ったスモーカーの様子にたしぎは目を光らせた。心当たりがあるみたいだ。誰かに取られたわけではない、きっと心配しているんだと。

世の中、どんな男性がいるかわからない。大将青キジの妹と結婚したのに、手放したら問題になるし何より、名のある人間の血族。狙われる各率も高い。
本来ならば、一緒に暮らしているハズなのに、スモーカーが断ったのだ。危険な場所に住まわせるわけにはいかないと。

たしぎは真剣な眼差しでスモーカーを見つめ直した。


「誰かに優しくされて、ついて行く人だとは思いませんが」

「なら」

「だから危ないと思います。きっと、ひとりでいつも戦っているはずです」

「…たしぎ」

「っすみません、出過ぎた真似を!」


たしぎは急いで頭を下げる、本音を言い過ぎたみたいだ。しかし、スモーカーは表情を変えずにたしぎの話を聞いていた。一里、あるかもしれない。今まで手紙を送って、時々お菓子屋アクセサリー類など送ってみるが、顔を出すことは一年間に数回。こっちに来るなと言っていあるから、彼女からここに来ることはない。


「…すまないが、便箋もう一枚持って来い。あと、女が好きそうなモン買ってこい」

「っはい!とびきり、奥さんに似合うもの買ってきます!」


たしぎは喜んで部屋から出ていった。あの様子だと、彼女は奥さんに似合う洋服を送るだろう。甘いものより、洋服や靴などおしゃれに興味がある彼女だから当たり前か。スモーカーは誰にも聞こえない声で一言落とした。

「…一人で戦うんじゃねぇぞ…ナマエ」




「わたし、スモーカーさんのためなら平気。なんでも、頑張れる!」

「そんな意気込む必要はねぇんだが…なんでそんなに張り切ってんだ。お前は嫌じゃねぇのか?お膳立てられたこんな婚約…本当に幸せか?一般人が海軍の人間の婚約するなんて、普通なら嫌がると思ったが」

「うん、だって私、スモーカーさん大好きだから!」