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春彩プレリュード


春が来た。この季節は、悲しくなる。華やかなイメージを持たれているけど、私にとってこの時期は不安で不安でいっぱい。人と出会ったり、未知なる生物にであったり、生まれて初めて経験する出来事を迎えることができるか、震えて震えて…それに胸が押しつぶされそうで息苦しい。
夜になると、桜が咲き乱れて、花びらが舞い散る。そのたび私は怖くなる。足をすくわれるようだ。日差しが強かった昼とは違うこの景色に私はわざと視線を外す。


昼食はきのこの和風パスタ。昼下がりに人の出入りが多くなる花屋なので、早めの昼食。
まだ時間に余裕があるため、紅茶を淹れてひとりで飲んでいた。もし、こんなひと時でも夫と一緒にいられたら幸せなんだけどな。

命懸けの仕事なのにこんなこと考えてたら、夫に叱られそう。
そういえば、そろそろ手紙が来る時期だなぁ。夫からくる手紙をいつも指折り数えて待つ日々。どんな話を聞くことができるんだろうか、そう思っていたとき、遠くで「郵便です」と青年の声が聞こえた。

旦那からの手紙かもしれない、私は紅茶を飲み干して立ち上がり、玄関にあるポストを見に行った。
案の定、その中には一通の手紙が入っていて、差出人を見ると、旦那の名前だった。不器用に押された糊をはがして手紙を出してみる。


「元気にしてるか、俺は仕事で今年の春、お前と一緒に過ごせる余裕はねぇ。まぁ、けど、俺たちの春は今回だけじゃねぇから、来年そうするぞ。約束はできねぇが。あんまりお前に向かってデケェ態度で言えた言葉じゃねぇが、あんまり心配かけんな。じゃあな」


開いた手紙にはこう書かれてあった。この間風邪をひいてしまったことを知っているのは、スモーカーさんを舐めていたきがする。心配、かけちゃだめだよね。
私は近くにある紙に下書きを始めた。読みやすくて、忙しい人にでも記憶に残るように。


「お元気ですか…風邪とか引いていませんか?あと、何を書こうかな」


唇にペンのノック部分を押していると、昔のことを思い出した。旦那の仕事を初めて見たのはたしかこの季節だったような気がする。



二年前に、結婚したてだった私は何をしていいかわからなくてよく失敗していて落ち込む日々だった。慌てて壁にぶっつかったり、腕を壁にぶつけたり、ご飯の分量を間違えたり、あと、釦付けを服と一緒につけてしまったり…今思うとすごくアホなことをしてたと思う。

スモーカーさんのことは兄の大事な部下だと聞いていた。だらけきった正義で生きている兄の部下と聞いて、心の中で海軍は本当に大丈夫なのか疑問を渦巻かせていた。
対面してみるとすごく、不器用で感情表現が下手そうで、でも根っからすごく優しくていい人で、ヒーローだと私は感じ取った。

すごく素敵な人と私は結婚できて幸せ、でも、私のどんくささが枷になってる…。


「怪我の具合もいいようだな。なあ、ナマエ」

「あ、はいっいかがなさいましたか?」

「だからもう敬語じゃなくていい…あした、時間あるか?お前がよければ俺の仕事を見せたい」

「平気で、平気」


この時、どうして彼が私に仕事を見せたかったのかわからなかった。でも、決意をしたような表情をしていたからきっと、海軍という命懸けで危険な仕事をしている姿を見せて私を試したいんだ。
当日になって私は、喜びすぎて風邪ひいてしまった。根っから私は馬鹿だと思う。朝食を作っているとスモーカーさんは驚いたような顔をして「すぐに寝ろ!」と大声で怒鳴ったのを覚えている。泣く泣く私はベッドの中に入ってスモーカーさんの背中を見つめる。


「風邪ひいたくらいで泣くんじゃねぇ。また今度お前を仕事に連れて行く。早く治せ」