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レズビアン表現を含む




「ねえ、早く部活行こうよ!テツ!ぼやぼやしてると先輩が練習準備終わらせちゃうよ」

「待ってください、支度していますから…相変わらずハイテンションですね」

「うんっ!だって、楽しいんだもの」

「そうですね、僕も楽しいです…!火神くん、行きますよ」



二人を待ちきれなくて私は、廊下を走って体育館へ向かった。階段で滑りそうになるけど、何とか転ばずに済んだ。ハイテンションなのは仕方がないじゃない、今のバスケ部は好きだし楽しいんだもの。こういっていると、皆は「バスケは楽しいよね」と答える。表面上ではそう言っているけど、本当は、私が求めているものは違う。

確かに、バスケは楽しいけど。満足できないの、それじゃあ。女の人は恋をして輝くもの、そう、私は恋をしているのだ。でも、普通の恋愛話には持ち出せない内容なので誰かに、ましてや親にまで喋ったことなんてない。
元気よく体育館の扉を開けると、そこには練習の準備をしているキャプテンとカントクがいた。仲良さげに話していて、時折肩を叩いたりしている。長年連れ添った夫婦みたいな空気を出している二人に、黒い感情を胸に作り出した。でも、邪魔しちゃ悪いよね。こういうのが、普通で当たり前なんだから。


そう思って体育館へ入ることに戸惑いながら、ぎゅっと自分の胸のあたりに力を込めて掴んだ。呼吸ができないくらい、辛い。

更衣室から出てきた先輩方も練習の準備のため飛び出した。タイミングを狙って私も今来たところだと装って体育館に入った。



「あ、やっと来たわね!今日も一日よろしくね」



部員に紛れて来たのに、先輩は私を見つけるなり明るい声をかけて笑顔を振りまいた。花が咲くようなその笑顔に私も返事をするかのように笑い返した。いい子ちゃんとして今はいようじゃないか。からのボトルを携えて体育館から出て行った。


初めて出会ったのは、入学して間もない頃に私がバスケ部のマネージャーになりたいと申し出た、その時。綺麗な指に、スラリと細くてちゃんとした健康色を保って、短髪な髪型がすごく似合っている彼女に私は目を奪われた。
ひとつ年上の先輩で、もともと私がバスケ部のマネージャーだったという甲斐あってなのか、是非入って欲しいと飛びつくように手を掴まれた記憶は今でも残っている。自分の白い髪の毛に鮮血のように真っ赤な瞳で、たくさんの人に蔑んだ目や罵倒を浴びせられたのに、先輩は私の存在を否定するどころか、いてほしいと、願ってくれている。


この感情は初めてではない、一度目は失敗して大きな痛みを味わった。思い出すたびに涙がこぼれそうになる、もうあの時のようなことはしない。秘すれば花というじゃないか。
だから、妹のように可愛がってくれる先輩に不満なんてない。本当の姿を先輩が知ったら、私のことを化物だって言うんだろうな。

水道の水が一段と冷たく感じる。



「どうしたの?暗い顔してるわよ」



ドリンクを運ぶのが遅かったのか、先輩は迎えに来てくれた。慌てて頭を下げると「違うのよ、真面目ちゃん」と、弾んだ声。ドキンドキンと胸が跳ねる中、ごまかすようにドリンクを振った。



「いいえ、なんでもないですよ。今日もかっこいいです、先輩!」

「いやだー褒めたって何も出ないわよ」

「あら、残念」



ホント、残念だな。意欲的な態度をとって、先輩に近づいてみたりしたんだけど空回りして、苦手な男と仲良くなってしまったりなんてよくあること。何かしら注文をつけに来たんだろうと、返事を待った。

残念な気持ちを顔に出さないように自分で密かに口の中で欲丸出しの言葉を噛み締めて、先輩と向き合う。



「そうそう、甘いものとか好きかしら?」



ピラっとポケットから出した細長い紙二枚。ウキウキとはしゃいでいる先輩がそれを見せつけるっていうことは、一緒に行かないかというお誘いだろう。実は、甘いものは得意じゃない。体重を気にしている私なら、まあ尚更かもしれないけど。

このチャンスを逃したら、きっと先輩後輩という薄っぺらい関係も破られてしまうんじゃないかと不安になってきた。

口から出た言葉は嘘だと見破ることができない先輩だから、大丈夫、だよね。「甘いものは大好きです」なんて、言ってみると先輩は目を輝かせて私の両手を握った。ぎゅっと力を込めてくっつきそうなくらい顔を近づける。理性と欲をぶつけ合いながら私は張り付いた笑顔で首を縦に振った。



「じゃあ今度一緒に駅近くにできたスイパラ行かない?友達から割引券もらったんだけど今月中までなのよ、期限が」

「はい!行きましょう!」



私は、目を細めて先輩を見た。喜びのあまり目の前でくるくると回っている。これが私の最高の幸せ、先輩とこんなに近くで話せて。つられて笑っていると、あることに気づいた。駅近くということは、現地集合になってしまう。
おずおずと私は先輩に近づいて回るのを止めた。キョトンと目を丸くして、私の手をぎゅっと握り「やっぱだめかしら?」と首を世に倒した。

誤解を産んでしまったらしい、苦笑を浮かべて言葉を発する。



「私、結構道に迷いやすいんですよ」

「なら、私が案内するわ!手でもつないでいきましょうよ!」

「そうですねー!先輩は何が食べたいんですか?」

「楽しみね〜私はガトーショコラが食べたいのよ!」

「いいですね、私はフルーツタルトとかがいいです」

「そうね!じゃあたくさん食べるには二人で一つのものをつつくのがベストね!」



ドキンとまた自分の胸が跳ねる。聞こえてないよね、内心ヒヤヒヤしながら私は笑顔で首を縦に振った。
もう少し、このままでいたい。
話を引き伸ばすように私は盛り上げていると、徐々に力を込めていく先輩。挙げ句の果てには「あなたが迷う事ないようにずっと手をつないでおくわ〜今年の一年は何も言わずどこでもかしこに消えていくんだから!」と言う先輩に私は笑って「それなら私、迷子センターに行かなくて済みますね」なんて返事をしてみた。本当は違う。このまま手を離さないと誓ってね。なんて言ってみたかったの。


もう少しだけ手のぬくもりを感じたいなら、神様、私は我慢しなきゃいけないよね。

ねえ、神様聞いて、私こんなに我慢しているんだよ、だから。私を、誰か、愛して。

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