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ちょうど見てしまったモノ。
いいや、ヒト。
私のよく知っている人物と赤の他人がキスしていた。相手が相手だ。私は諦めるようにそっと視線を外して火神とおしゃべりを続けようとした。彼は私が何を見ていたのか知らない。だから、残酷にも楽しそうに話し続けた。
もし、青峰が知らない男と私がキスをしていたら、こんな気持ちになってくれるのかな。
そんな汚い感情がドロドロと溢れ出してきた線路を渡り歩いている途中。くだらないことだったみたい、気づけば火神は私のパーカーについている帽子を無理やりかぶせた。
泣きそうになるのを我慢していたのに、優しさに包まれて私は一粒、また一粒と涙を溢した。
めんどくさいやつだって思われたくなかった。
恋人の青峰に一度、お前って女々しくてめんどくさいよなって陰口叩かれたからすごく嫌だった。
けれど、彼は、隣にいる、火神は違う。泣けと言っているようだった。
火神は私の手首を握って公園につくなりベンチに座らせる。ぶわっと溢れてきた涙を火神は乱暴に拭った。私は苦笑を浮かべてお礼を言うと火神はより、悲しそうな目をした。
「はは、辛いなぁ〜」
「辛いなら、青峰にガツンといえばいいじゃねぇか。そもそもお前は」
「そうだね。私弱いから絶対言えない」
「…」
火神の言葉を遮るように私が言葉を返すと、苦心を汲み取ったらしく、そのあと何も言わなくなった。服の袖がだんだん湿っぽくなってきて、もう拭くところがない。女らしさの欠片もない私にはハンカチはない。涙を拭いてくれるのは彼氏でもない、なんでもないただのお友達。
息を整えて私が服の裾で口をおおった。ヒステリックになりそうなのを必死にこらえた。
「ずっと我慢してたんだけどさ、こうなったらもう、泣くだけで何も言えないんだ。ホント重たい女だよね」
ドガっと私の隣に腰を下ろした火神はパーカーのフードごしに頭を撫でた。
しゃっくりを上げながら私が泣き始めると、火神は気の利いた言葉をかけようと「あー」とか「うー」とか言っている。撫でてもらうだけで私には十分すぎる。
「…重たい女とか、軽い女とか俺には全く分かんねぇな。青峰のこと、忘れられねぇのかよ」
忘れられないか、現在進行形で私は青峰と付き合っているはず。でも中学から続いている関係は変わらない。青峰は私が誰かと仲良くすると嫉妬して、怒って。私が誤ると笑顔でそばにいてくれるけど、目を離すとすぐに違う女の人と一緒にいる。ひどい時は体を重ねている。気づいたら涙が出なくなった、吹っ切れたみたい。
「…答えられないかな」
「…」
「なんで黙るのよ〜ナマエチャン悲しいぃ〜」
拳を作って軽く火神の脇腹を殴ってみたけど、何の返答もない。まっすぐ前を見ていて、難しい顔をしている。顔を上げた私は火神の顔つきにハッとなって、目を見開いた。ふざけていた私がバカらしくなって私も同じく前を無効とした、そのとき、じろりと目だけを動かした火神。
「無理して笑うんじゃねぇよ」
少しだけ薄い唇で紡がれた言葉がぎゅっと胸を締め付けた。
私はまぶたをおろして昔のことを想像した。
初めて、告白されて、キスして、抱きしめられて愛を囁かれて。幸せだったのかなって心に聞いてみる。優しい私はきっと、うんって答えるけど意地悪で正直な私だったら小さく首を横に振るだろう。
「うわぁ、グッサリ来たよ。さすが女心皆無な火神クン」
悪態を付いたって何も変わらない。知ってるけど今はめいっぱい付いてやるんだから。
確信犯の私に火神は小さく笑った。私の頭からそっと手を離して右手を握った。
ゴツゴツとした指先がぴくりと動く。
「辛いなら笑うな。メンドくせぇ…飯食いに行くぞ」
「え、あ、は?」
「忘れられねぇんだったら別にそれはそれでいいじゃねぇか。そのかわり俺がお前のそばにいる」
「っ、」
「優しくすんなとか、暴言吐くなよ。俺はお前に惚れてんだ。惚れてる女がほかの男のことで泣いている姿なんてもう見たくねぇ」
「ご、め」
謝罪を述べる前に、ふっと唇に何かが触れた。
触れたものが火神の唇だと気づいたのは、目の淵に溜まっていた涙がほろりと落ちたとき。冷たい涙が火神のほほにも触れたんだと思う。
私の頬と火神の頬の間を通って消え失せた。
「謝るな」
「…ありがとう」
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