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出来事は些細なことだった、些細というよりはもっと小さいものだがここはあえてこの言葉を使わせてもらう。


私はあの紫原敦の妹、といっても全く性格が似ていない。お菓子は好きでもないし、燃費が悪いわけでもない、バスケが得意なわけではない、どちらかというと美術の才に誰よりも長けていた。右に出る者はいないくらいに。赤司さん曰く。


中学を最後に兄に会うことはなくなってしまったが、大学を卒業した途端結婚すると言い出したのだ。


何かの間違えだと思いたかったが、父母に確認を取ると何を隠そうと本当のことであった。よしみということで、赤司さんが結婚を祝した宴会を開くみたいだ。何故か私も呼ばれた、確かにバスケ部のメンバーとは顔見知り程度だが私を呼ばなくてはいいのでは、と、来るまで心残りだった。



しかし来てみるとみんな快く迎えてくれたのでひとまず安心した。


久しぶりに見る兄の姿は中学生の頃とは格段にたくましい体になっていた。
夜遅くなり、このままでは明日の作品の作業が遅れてしまうと察知した私は「お暇させていただきます」と一言断ると、飛び上がるように兄は私の両手を掴んだ。



「ナマエ、おくってく。ほらほら、温かいコート着ようね〜」

「兄さん、遠慮するよ」

「紫原、いいって。俺が送っていく」



横から入ってきたのは怖いことで有名だった青峰さんだった。

その申し出はありがたかったがこの続きは仲のいい人たちだけでという意味も込めているのだが、どうやら伝わっていなかったようだ。言葉を巧みに使えなかった私が悪いのは一目瞭然だ。


立ち尽くしていると、青峰さんは「な。ナマエ」と意見を求める言葉を言った。首を縦に降ると「よくわかってんじゃねーか」と言って頭を掴まれた。



「ん、そうか、敦今回はお前は下がったほうがいい」

「えーなんでーお兄ちゃんの役割でしょー」

「お前の言った『結婚』が破談になったらお前が困るだろ」

「…そうだけど、あーもう、わかった」



兄が珍しく言葉に詰まっていた。


私は苦笑を浮かべながら靴を履き替える。ふらりとめまいがして、足がおぼつかなくなったとき、荒々しい手つきで私を支えて「大丈夫か?」と心配そうに耳元で囁いた。ドキリと胸がはねた。


顔を上げると意地悪そうにニヤリと笑っていて、ときめきはすぐに消えたけれど、熱は消えなかった。



「じゃあ青峰さん、お願いします」

「おー」

「えっと、その…手、が」

「お前ってちっせぇから見つけンの大変だからよ、つないでてもいいだろう」

「ち、小さい…」

「へぇ、意外に気にしてたんだな。紫原は頭のネジ緩ィからお前もそうかと思ってたんだけど」



確かに私の兄は頭のネジはとても緩い。しかし、それによって私まで同じとは失礼だ。むっとした表情を見るなり青峰さんは愉快そうな笑みを浮かべた。



「手、ちっせぇな」

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