log | ナノ
私は周りにとって怖いみたい。普通の身なりをしていたとしても雰囲気とか、口調とか、考えが周囲の人々によって畏怖するもので、誰も寄り付かない。
昔っからそうで、もう慣れきっていた。父母も、これが私なんだと受け入れてくれている。
高校に入ってから、それは目に見えるほどわかる。
けれど、青峰大輝というやつだけは私に近づいてきた。「怖くねーよ、お前が怖かったら俺の母ちゃんのほうがこえーよ」って言ってくれたとき、ちょっとだけ救われたのは絶対この男の前では言わない。
順風満帆とは言えないけれど、それなりに充実していた、とある今日。
机をくっつけて弁当の包みを開けて、水筒に入っているお茶を飲んでいた。青峰は絶賛購買戦争に加わっている。弁当はいつも授業の合間に食べている青峰だからいつも昼ごはんはパンになる。
早く戻ってこないかなーとぼんやりしていたとき。
「あ、の!」
「ッゴフ、ッゴホゴホ」
知らない男の子に後ろから声をかけられた。飲んでいたお茶にむせ返って両手で口元を覆って、後ろを見ると青峰と茶髪の茶目っ気のあるまん丸の瞳、だけど涙目。何なんだこのふたりは。
青峰はニヤニヤしながら椅子に座って、もうひとりの男の子は青峰の執事のように傍に寄り添っている。
「大丈夫かよ、ナマエ」
「す、すみません、すみません、ホントすみません、驚かせてすみません」
平謝りの茶髪くん。誤ったとしても私のむせた事実は変わりないから、苦笑いで返す。青峰は大勝利を収めた勲章のパンの山を机にどんっと置いて早速一つ袋を開けた。
茶髪くんは見渡して椅子を拝借し一緒に食べ始める。ん?そうなの?私が目を白黒させていたら「あー今日からコイツもな」と言い出したガングロ。オイ、聞いてないんだけど。
「すみません、もしかしてお邪魔でしたか」
涙を浮かべながらお弁当箱で顔を隠しているなんとも乙女チックな男の子。
今時こんなに可愛らしい男の子がいるんだとのんきに考えていると、青峰にオカズを奪われた。我が物で食っている青峰をひと睨みしてから私は箸を取り出しながら返事をする。
「大丈夫よ。ちょうどガングロたまごちゃん見飽きたところだったし。ゴホン、えっと、君は?」
「良。何か美味いもん持ってねぇか」
「すみません、勘弁して欲しいです、すみません、生きてて済みません」
「ッチ」
「こら、勝手に話進めてるんじゃないわよアホ峰」
「うるせぇ乳ナシ。俺忘れもん思い出したからちょっと行ってくるわ」
この時間になれば先生が来て昼休み潰しての補修地獄があるからね。
私はとっくに了承しているから、とやかく言うことはない。片手を上げてお弁当を食べることに集中する。青峰の友達が来ているのに、私と二人きりでいいのか?と疑問を抱えながらだし巻き卵に舌鼓している。
チラリと青峰のお友達のお弁当を見ると、これまた女子力の高いもの。まるで私の弁当が男弁当に見える。悲しくなってくるのをグッと抑えて男の子に話しかける。
「おーう。で、君は?」
「あの、俺。桜井良って言います、えっと」
「?」
「あ、青峰さんとは仲がいいんですか…?」
怯えた小ウサギのように私を見てくる桜井くん。
キョトンと目を丸くしていると、櫻井くんは首をかしげて「あれ、違いましたか?」と質問を塗り替えた。
あまり気にせず、お茶に手を伸ばして飲みながら考えると、確かに青峰と会話することは多い。仲いいっちゃいいのか?自己解釈した後、答える。
「んー?まあ話が合うからかな、ほら、体裁気にしないところとか。周りから浮いてるし?」
「全然、そんなことないです!」
「え?」
「ミョウジさんはとっても綺麗で素敵な方です!俺、知ってるんです、ミョウジさんが、可愛いものが好きだとか甘いもの好きだとか、何より裁縫が得意だとか」
「いや、なんで知ってるん?」
驚きで私は直ぐに聞き直した。ヒソヒソやっていることがいつの間にか人にバレていた。こんなこと青峰とか、強いて言うなら桃井さんが知っていると思ったけど…。お茶から口を離して、お弁当の残りを食べて蓋をすると、なぜか桜井くんはビクリと肩を鳴らした。
…どんだけ怯えてるんだこいつ。
「す、すみません。あの言いすぎました」
「いや、知っている理由を聞きたいのだが」
「すみません、俺っ…許可も取らず、周りの人から、聞いて」
「ああ、主犯格は青峰だな」
「す、すみません。ホント、すみません」
「…私と青峰を引き離そうって話?バスケ部の腹黒メガネにでも言われたの?ん?」
内部崩壊の芽が見えつつあるバスケットボール部。
あの腹黒メガネに何度マネージャーになってくれと言われたか。
私がいれば青峰も来るようになるっていうよくわからない眉唾を生み出した。
ニヤニヤしながら私が怯える桜井くんを見ていると女子の怖い視線が集まる。確かに可愛い男の子をいじめちゃいけないね、あんたらは人のこと言えないけど。
けど、何かを決心したように桜井くんは私と向き合った。
「そうじゃないんです、俺」
「なに?」
「…ずるいって思って」
男の子らしい表情になって私は心底楽しい。人の化けの皮をはぐのが得意な私にとって、彼は恰好の獲物。お弁当箱をしまいながら私は桜井くんの話を聞き続ける。人のイヤミならも聞きなれている、でも傷つく。
うん、タフに見えるけど結構傷つくからね。ぼんやり心の中で思っていた。
「ほうほう、青峰と仲良くしてるからね〜」
「…はい、だから、面と向かって言いに来ました」
「すごいね、そこだけは感心しちゃうなぁ、えっと桜井くん」
「俺、好きです」
「ふーん」
「俺、ミョウジさんが、好きです!」
教室が静まった。
騒がしかった教室は水を打ったように静まり返り、私たちの方に視線が集まる。羨望に加えて嫉妬、やじうま根性の視線まで。
何があったんだと思って先ほどの桜井くんの言葉を思い出すと顔に熱がこもった。顔まで至らず、耳まで赤くなって私はほほに両手を当てて熱を確かめる。
「…は、え?」
慌てて立ち上がろうとしたとき、桜井くんは私の手首を掴んでそのまま両手を包み込んで嘆願するような表情で私に言いはなった。
「だから、まずは俺と友達になってくれませんか?」
自分の手まで熱くなるのが分かって、パッと私は桜井くんの手を払った。桜井くんに熱があるんじゃないか慌てて額に手を当てて「うん、熱はないみたいだ」と落ち着いた声で言うと「ほ、本気なんです」と弱々しく言う。非常に申し訳ないが、桜井くんの今の発言はあまり納得できない。巫山戯てる様子はないし、青峰に仕込まれた様子もないと考えていたとき、桜井くんが私にずいっと迫ってきた。
「ちょ、ちょっと、待って顔近い」
「す、すみません」
「それにこっち見ないで、ホント。不細工な私が、照れてるなんて気色悪いだろ。それに、化粧っけもないし、女の子らしさもないし」
「…ふ、ふふ」
「わ、笑うなって…男の子にそういうの言われたの、初めてだから、ホント、勘弁して」
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