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俺には昔から惚れてる幼馴染がいる。幼馴染という言葉は俺にとって好きなモンじゃない。その言葉のおかげで一緒にいられることもあれば、遠く離れることだってある。
中学を卒業と同時に俺たちはおんなじ高校を通うことになった、距離を置いていたのに何にもなかったように平静を保つなんてできない。

自主練習を終えて帰り支度をすると、外で待っていた俺の幼馴染。白い息が目立つこの時期にひとりで校門前にて待ってくれてるなんて、特権なのかもしれない。
手をつなぐことはないけど、隣で無言で歩くのが俺たちの日常。だけど、一拍置いて、彼女は口を開いた。



「一目惚れは信用ならないや」


ふんわりと白い息が溢れた。凝視していると彼女はかたくなに俺と目を合わせないので、頬をつねってみると、跳ね返された。繊細な俺の心はこの一つの行動でさえ傷つく。知らぬうちに俺は臆病者になっている…何気なくその一言の理由を聞いてみる。


「いきなりなに言い出すんだ、お前」

「森山くん、あんたに向かってそう言ってんの」

「え、俺?」



驚愕し、目を瞬かせていると苦々しく笑顔を浮かべる彼女。俺は一目ぼれしやすい人間なんだろうけど、それはそれで俺には本命がいるんだ。彼女の言葉は俺の胸の内をえぐった。彼女は清澄の声で返事をする。



「うん」

「一目惚れがダメなのか」



平常を保とうとまっすぐ前を向いて、帰路に着くと、俺より身長が低い彼女は仏頂面でため息をついた。えぐれた胸の内はジュクジュクと化膿するように痛い。幻滅されたくない俺の、いいや、恋する男のポリシーがある。
欠陥している俺を直そうと、彼女にアドバイスを求めるとどこか遠い目をして、語り始めた。



「一筋じゃないって言いたいの、あんたの場合は」

「そうか?」

「嗚呼、筋金入りの馬鹿だ」



額を抑えて彼女は具合悪そうに顔をうつむかせて、残念そうな気持ちでいっぱいになったのか大きくまた一つため息をついた。彼女は俺に向かって言いたいこと言い放題だったけど、最近になってから、俺のことをとやかく言うのを音沙汰なしにやめた。
冷たい秋風が俺の頬を突き刺すようにさっと吹いた。そのとき、閃いたのだ、もしかして彼女は俺に向かって言いたいことがあるのか、と。

だが、長年の経験とこの関係からして、言いたいことならズバズバ助言するのだ。
俺の考え抜いた末の結果を払拭し、彼女が持ち出してきた話題に脇道それるように変えた。



「俺はずっと惚れてるやつならいるよ」

「…ど、どゆこと?」

「幼馴染のお前には言っとくけど、俺はずっと前方ら惚れてる奴がいるんだ。もうそいつは可愛くて」



どうしよう、これじゃあ、俺。止まんないかもしれない。

目の前に好きな奴がいて、でもって俺はまだ目の前の彼女に好きだと伝えてなくて。

褒めたいことを俺は、俺が求める関係の前に淡々と諭す。
急に恥ずかしくなってき俺は片手で口元を覆った、顔がじわじわと赤くなるのがわかる。視線の下にいる彼女は慌てふためいて、バシバシと俺の背中を叩き始めた。痛みすら忘れて俺は沈黙する。



「それ、ほかの女の前で言うことじゃないってば」

「まあ、聞いてろ」

「いーやーだ。絶対にいやだ」

「なんでだ?知りたくねぇの?」

「幼馴染がこんなこと、他の女の目の前で好きな女の子の自慢するなんて桁外れだっつの。しかも意中の相手をたかが幼馴染に教える?」



幾度も彼女の言葉に『幼馴染』というフレーズが出てくる。キリリと体が軋む音がする。本当のことを彼女に打ち明けてしまえばいいのに、俺はそれができない、しようとしても、呼吸を忘れそうで怖い。

彼女がズバリと核心ついた返事を返したあと、俺は黙った。二人で歩くこの道が静かになるんだと思うと、不思議で、何故か寂しくなってくる。なにか返さなきゃ、そう思うに連れて降り積もるものはどうでもいいことばかりで、本音なんて隠れて見えなくなってきた。

馬鹿な彼女だから、きっとこのままなら。



「なあ、それ、やめねえか」



彼女は俺から離れていく。
珍しく俺は言葉につまりながら彼女を呼び止めた。震えている声帯から振り絞って出た声は情けなく、聞きづらいものだった。数歩だけ離れた彼女は俺を射抜くように見る。
逃げたくない思いで、彼女と視線を合わせようとすると、彼女からふっと視線を外した。なんで、苦しいほどのこの感情を抑えられなくて俺は、彼女に近づいた。



「やめるって?」

「幼馴染ってカンケー」



街頭に照らされた彼女の表情はよく見えていて、彼女もきっと俺の表情がはっきりとわかるんだろうと、現実逃避するように思い浮かべた。
付和雷同の彼女は俺への返事は生返事か濁した答えか「YES」だろう。流されるまま生きてきたんだ、俺ら。
冷たい秋風に吹かれてきたから少しだけほほは乾燥していて、赤かった。
口をかすかに開いて言葉を探す彼女は、決心着いたのか、傷ついたように笑う。



「…そうだね」

「だから」

「…」

「俺の彼女になって」



彼女からの答えも聞かずに俺は思い切って抱き寄せた。小さい時もあった、こんなこと。
俺の記憶が正しければ、彼女が小さい時眠れないから抱きしめて寝ていた、今思えばそんな美味しいことしてんだな。俺って。
抱きしめている張本人でも分かる、彼女の小刻みな震えは、拒絶からくるものだのだろうか。チカチカと街灯が点滅する。どっちつかずなところが俺たちにそっくりだった。語りかけるように俺はそっと言った。



「彼氏彼女関係になろう」

「…そ、れ、嘘じゃないよね」

「当たり前だろ。俺はずーっと前からお前だけ見て、お前に惚れてて」

「恥ずかしすぎるから、それ以上言わないでっ」



頭上にキスをするとビクリと体が反応した。進まなかった関係がやっと動き始めたと思うと、黙っていられなくなった。ロマンチックに彼女に告白することはできなかったけど、果敢にできたのだけは誰か、褒めて欲しい。



「だから、これからもずーっとお前だけを見て、お前だけに惚れて。な?ダメか?」

「…い、いいに、きまってんじゃん」

「っぷ、なに、その上から目線」

「っ…っ〜!」

「やっぱ可愛い、ナマエ」

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