log | ナノ
無意識に俺の息は荒くなる。変な意味なんて込めていない。部活が終わって自主練習も終わってあとは帰るだけ。変哲のない、学校の帰り際に思いがけないことが起こったのだ。ハプニングじゃない、偶然といったほうがいいのかもしれない。その偶然が俺にしては一大事だ。

無造作にしていた髪の毛を急いで、手で直した。
体育館の出口で彼女は、鼻先を赤くさせながらケータイをいじっていた。そんな熱心にケータイをするなんてあまり目に掛かることがなかったので新鮮だ。
チラリと彼女が黒目だけを動かした、鋭い眼光が俺を捕まえてはなさなかった。口を開こうとしても、胸の音がうるさくて考えが雲散霧消する。
彼女は手際良くケータイをコートのポケットに突っ込んで、俺の方に体を向けて近づいてきた。暗がりで見えなかったが、鼻先も、目の下も赤くなっていた。寒い中で待っててくれたのか…?脳内で混沌していると、口癖しか出てこなかった。



「…森山。変な顔してるけど、どうしたの?」

「っいやぁ、今日も可愛いなって」

「森山は軽々しくそう言っているけど、よく見てみなさい、ブサイクだから」

「謙遜するとこじゃない、そこは。いいや、顔だけじゃない、中身が一番可愛い」

「中身が可愛いってどういうこと」

「語っちゃっていいのか?」

「遠慮するわ」

「100以上言えるぞ、俺に任せとけ」

「…ありがとう」


こんなさり気ない会話が出来るだけで俺は幸せだ。彼女が何故俺のことをこんな夜更けまで待っていてくれるんだろう、と疑問が湧いた。彼女は俺の片思いの相手で、彼女にとって俺はただのクラスメイトのはず。
クラスメイトだから待っていた、なんていう理由は馬鹿げてる。

つい先日、俺は包み隠さず、本音と言って等しいほどの告白をした。

その返事なのだろうか…。ずり落ちそうになったスポーツバックをもう一度、背負い直して自然に歩き出すと彼女は刷り込みされた小鳥のように可愛らしい様子でついてくる。
それが寒い体育館外にいる俺にとって、暖かくなるような気がした。



「…付き合ってくれるキモチはないのか」

「ない」

「オブラートに包んだ言い方して欲しかったな」

「…ここで曖昧なところ消しておきたいから」

「…うん」


きっぱり断られたのは結構、堪えるな。もしかして、もう話しかけないでくれとか、そういう話を持ち出したのか…ネガティブが心の中で浸たり、突然苦しくなった。俺ってこんなに弱っちい人間だったのか、苦笑を浮かべながら彼女に返事を返した。



「でも、なんで?」

「なんでって…何についての質問かな?」

「曖昧なところを消しておきたいって言う事。その言い方だと俺のこと、好きみたいじゃん?」

「もし、付き合ったらすぐ別れちゃうんでしょ、私こう見えても取っ替えっ変え嫌い」

「俺も嫌いだ」

「じゃあお揃いだね、森山。幸せ?」


ああ、幸せだ。何よりも、青い鳥を見つけることよりも、四葉のクローバーを見つけた時よりも何より幸せで、歌を口ずさみたくなる。

彼女がこういうのは、きっと俺がどの女性に向かっても口説くセリフを吐くからだ。軽い気持ちでしてしまう行動がここで裏目に出るなんて、自業自得だとまた苦笑を浮かべた。
靴箱から靴を取り出して履きなれた靴に足を通すと、つんと冷たい感覚。まるで彼女のいつもの態度のようだ。



「これから一緒に過ごせるんだったら幸せだな」

「…」

「?ミョウジ、どう…」



ハタリと彼女の行動が止まった。今まで見た事無い表情を浮かべて俺を凝視している。俺の口先から彼女に害をなすことを出してしまっただろうか?ふ、っと彼女が視線を俺から外して靴を履き替えて玄関の開き戸に手をかけて小さく彼女はつぶやく。



「…往生際が悪いよ、森山」小さなつぶやきさえも、俺の心を鷲づかんだ。そっと近づいて彼女と体を密着させた。背後から迫ってきた俺に、肩をびくつかせてゆっくり振り返った。黒い瞳が涙で濡れているような感じがした。
不安がらせているんだ、彼女が前にどんな男と付き合っていたかなんて知っている。だからこんなに過敏になっているんだ。彼女を手にできるといった俺の幸せと、彼女の不安は均一なのかもしれない。


「ずっと追いかけるよ、お前が折れるまで」

「じゃあずっと追いかけられちゃうね」


白い息がふっと消えた。





「あの二人、何喋ってるんスか」

「あ?森山が口説き落とそうと必死なわけだ、でもミョウジは素直になれねえだけだって」

「笠松先輩は苦戦してる姿面白がってるだけじゃないスか」

「森山があれほど自分自身までも駆使してるなんて面白いじゃねえか」

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