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私が退院するイワンさんのところに行くのは不可能なので、家で待っていた。イワンさんの退院祝いとして、夜に帰ってくると目論んでいたけど案外早くに帰ってきた。すぐに退院祝いをするわけではなくて、本調子になってから祝おうということになったらしい。家に帰ってきてくれたイワンさんにすぐに駆け寄って、荷物を運ぼうとしたら手首をつかまれて抱きしめられた。ぎゅっと力強く抱きしめられて驚いてビタっと体を固めた。けど、イワンさんは私を離すなんて考えはないらしい、言葉では命令されなかったことをしてみる。ゆっくりとイワンさんの背中に腕を這わせるとさっきより強く抱きしめ返された。


「やっと怪我が治ったよ、今まで迷惑かけてごめん」


と、私の耳元に囁く。耳が弱いことを知らないイワンさんの行為は拷問に近い。


「迷惑じゃありません」


イワンさんの肩を押し返してみると、悲しい顔をした。私は苦笑を浮かべてイワンさんの荷物を部屋の中へと持っていく。イワンさんは私が荷物を持っていくのを止めようとしたけど、私が平気だと伝えるとイワンさんは腰に抱き付いて離れなかった。


「けど、たくさん力仕事をませちゃったし。ねえナマエ」

「はい」

「牡丹餅が届いたんだ、食べない?」


先日一緒に選んでいた牡丹餅らしい。私は嬉しくなって声を上げてしまった。イワンさんは幸せそうに微笑んで私を離して、持ってくるから待っててといったけど、私は待ちきれなくてこう返した。


「なら私はお茶を準備してきます」



お茶と準備していると、イワンさんは先に縁側に座っていた。四つ並んだ小さな牡丹餅が私の口の中を彩るだろうと、想像していると唾液がジワリと口の中で広がった。熱いお茶をお盆の上に載せて私が近づいてきたのを察したのか片手でお盆を受け取ったイワンさん。隣に座ろうとしたら、イワンさんは私の服を引っ張った。


「ナマエ、行儀悪いかもしれないけどさ。ここに座って」

「っ、本気、ですか」

「僕は君以外に本気にならないよ、早くここに座って」


ここと言うのはイワンさんの膝の上だ。顔が赤くなったのが分かった。さっき触ったやかんよりも熱いわけないのに熱い。私が躊躇しているとつまらなそうにイワンさんはほお袋を膨らませた。かわいらしいと思った。


「イワンさん、まだ怪我が治ったばかりですよ」

「治ったものは治ったの、そんなに僕が弱く見える?」


「いいえ」と答えるとイワンさんは「じゃあ座って」と言って腕をつかんで促す。ここで意地を張っても意味がないと分かっている私はイワンさんの膝の上に座った。絶対重いから足がすぐ痺れてしまうはずだ。それなのにイワンさんは満足げなため息を吐き出して私を抱きしめてお茶を飲む。私は牡丹餅が乗っかった皿を手に取って食べるとイワンさんも牡丹餅を食べていた。きな粉をまぶしたやつだった。


「甘いね、牡丹餅…ナマエ?」


イワンさんの顔を見ないように私は思ったことを言った。


「私は、ヒーローになれないからイワンさんのようにお金も稼げないし、人を守ることなんてできない」

「それでいいんだ、ナマエは僕だけに守られてて」

「…。それは」

「ナマエは、僕みたいに傷つかなくていいんだ。傷つけていいのは僕だけ、優しく、僕は君に傷つけるんだ」


イワンさんの目は本物だった、怖くなった私は残っていた牡丹餅を一つだけ食べた。

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