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こんなことは予想してなかった。

彼の帰りを待っていたら、私が入院しているときに出会ったバーナビーさんがインターホンを何度も何度も押して玄関先にいた。しつこいくらい、私を呼びだしていた。彼が忘れ物でもしたんだろうか、顔を出して彼からの言葉を待っていると、彼は顔を歪めてうつむいて小さな声で私に告げた。


「先輩が大怪我をしました」


そのたった一言で彼が一大事だということが十分伝わった。バーナビーさんが詳しいことをつらつら語っているのを聞きながら私がこれからイワンさんのために病院へ何を持っていくのが妥当か考えていた。


「聞いてるんですか!?命にかかわる大怪我したんですよっ」

「っ、わ、かってます。準備してきますっ」


両肩をつかんでバーナビーさんは私を怒鳴りつけた。驚いて目を白黒させて、発言に困ったがその場から逃げるように理由をつけて部屋の奥へと引っ込んだ。自分に与えられた財布と、与えられた羽織をつかんだとき、イワンさんがここに居ないことに恐怖を覚えた。
すべてを与えてくれたイワンさんがいないだけでこんなにも不安になる。震えている指先をあの暖かい手で包んでほしいと刹那に思う。



病院に到着すると、私が一方的に知っている相手がたくさんいた。けれど向こうは私のことを知らないので、小さな声で「誰」と囁かれた。こんなに、冷たい視線を浴びながらイワンさんの下へ駆け寄っていいんだろうか…。

病室前にして、ひんやりと背筋が凍るような感覚にとらわれる。もし、私がイワンさんを失ったら誰のそばに行けばいいだろう。

イワンさんを失ったら誰を思えばいいだろう。


「ナマエ?」


開かれたままになっている病室の、奥のベッドに寝ているのは沢山包帯を巻かれたイワンさんだった。足元はどうなっているかわからないけど、左腕は骨折していて三角巾を付けていた。左頬にはシップが貼ってあって左目にも包帯が巻かれている、ついでに言うと頭にもぐるぐる巻きにされている。

イワンさんは私のほうを見ないで、どこかまっすぐ、先へ見ながら名前を呼んだ。


「、はい、ナマエです」


答えても、イワンさんは私のほうを見ない。何かに取りつかれたようにぶつぶつと呟くように私に命令を出した。


「ナマエ、ちょっと来てくれる」

「はい」


私が病室へ踏み入れた瞬間、イワンさん以外のヒーローたちは静かに出ていった。彼のベッドの隣に立った時にはもう、私と彼以外誰もいなかった。

規則正しい機械音がやけに耳に残る。

彼の温かい掌を触りたいと手を伸ばすけれど右手も怪我をしていた。私は痛くない、けれど彼は数百倍痛みを感じているのに、顔色一つ変えない。


「…ナマエ、僕は」

「はい」

「僕は、ね、その…っ自分がいい人だと思ったことが一度もないんだ」

「?」

「友達は、僕のせいで犯罪者になって、その、会社の業績もいつもよくないし」


彼の口から出る言葉は怪我をした人間が言うような言葉じゃなかった。


「強くも、ないし、君のことを救うことだってできないし」

「これは、自分のことですし」

「けど、僕はこのままじゃいけないって思ってるんだ」


ゆっくりと私のほうを見て、凛とした瞳で話す彼を拒絶したくなった。


「このままの僕じゃ、君の隣にいるのはダメだと思うんだ。けれど、僕は君とこの先ずっと、一緒に居たい。これって、我儘かな」

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