log | ナノ
「そう、記憶喪失になってしまったのね」


記憶喪失じゃなくて、トリップしたんです。茶色い髪の毛をくりんとおしゃれに巻いてる、少しだけ化粧が濃い大人な女性、アニエスさんは私を見て同情するようなため息をついた。イワンさんが私の口を利いてくれているのはとても有難いが、このまま虚構を通していくと辻褄が合わなくなって私が不思議人間に認定されそうだ。
腕を組んで考え込んでいるアニエスさんは、私とイワンさんを交互に見て小さい声で「大丈夫でしょう」とつぶやいた。頭をひねって考えついた先に、私はひやりと冷たい汗を流した。


「折紙サイクロン、命令よ」

「え、僕にですか」

「ええ、とっても重大な命令よ。この子の面倒を見てあげなさい。期間はこの子が自立できるまで、よく見張っておくのよ。犯罪グループが言っていたことが本当なら、この子は最大限の可能性を秘めているわ。Nextでも、ほかの能力にでも」


お願いだから買いかぶらないでください。


***


「ねえ、僕の返事。まだ聞こえないんだけど」


耳元で囁いたイワンさん、仰天するほどのことではないけれどホンの少しは驚いていたので、ビクリと肩を鳴らして答えを出そうと切羽詰る。二六時中、彼と共に過ごしているわけだが、こういったことはなれない。日本人独特なものなのか、それとも私が男性に慣れていないからか。イワンさんは案外短気なところもあるので私は成るべく、彼を傷つけないような言い回しを考えてから口に出す。


「外に、出たいです」

「わかった、じゃあ準備するから待ってて」


イワンさんは着替えるために部屋の奥へと消えいった。嬉しい、ドキドキと待ちわびていた外に興奮している。膝を抱えて自分の緩みきった顔をうずめた。外出なんて初めてだから、どこに連れて行ってくれるんだろうと期待を隠しきれなかった。


「嬉しそうだね、僕から離れられて嬉しいの?」

「いいえ、イワンさんにどこかに連れて行ってもらうのが初めてで嬉しいんです」

「そうだっけ、退院するとき僕付き添ってたんだけど」

「カウントしないで思い出すと、初めてです」

「…あれはカウントしないの?あ、準備できたから行こうか」


イワンさんは紫色のジャケットじゃなくて、別のジャケットを着用していた。センスのいい服装で、ちょっとだけ羨ましい。私はこの家に来た時にもらった可愛らしい服で出かけると決めていた。この服に負けているような気がするがそれは目をつぶっておこうと思う。
さっと、イワンさんが手を差し伸べてくれるので私は遠慮なくつかもうとした。
しかし、彼の右手にあるバンドがピカピカと青白く光っている。


「ごめん、ナマエ。仕事が入ったから、そのっ帰ってきてからでもいい?」

「はい、お仕事頑張ってください」

「…ナマエ、どこにもいかないで、僕のこと待ってて」

「はい、イワンさんを待ちます」

|