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夕日が縁側から輝いて見えた。濃紺と赤色のグラデーションが芸術品のよう。座ったまま、私はその夕日をつかもうと手を伸ばしてみる、届かないのは当然。私が元の世界に帰れないのも当然、幼い時から見ている夕日なのに何故か今日のきらめきだけが許せない。
「どうして」なんて彼の口癖が自分の口から飛び出そうだった。ふんわりと自分の体を通り過ぎていく風に肩を寄せた。


「ナマエ、隣座るよ」

「はい」


甚平姿で現れたイワンさん。昨日の仕事中に怪我をしてしまったようで、脱衣しやすいように今週中は着ていると言っていた。やっぱり、日本人じゃない彼が和装になっていると違和感がある。彼が気に入っているなら口は出さないが。
儚げな表情で夕日を眺めている彼の横顔を視線の端で捉える。彼の顔が掘りが深い分、影と光のコントラストがはっきりしていて絵画のようだ。
視線に気づいた彼は私の方を見て首をかしげる。切れ長の目を丸くして、驚いたような表情というオプション付きで。


「どうしたの?困ったような顔をして」

「そんな顔、してましたか?」

「うん。やっぱり僕が隣に座るの嫌だった?近寄って欲しくなかった?」


どうしてそうなる。彼がネガティブなのは重々承知のはずなのにここまで来るとウザったく思えてくる。めんどくさいというか、逆にこっちまで気を使って疲れそうだ。不安にさせているのは私なんだから、でもどうやったらその不安を掬い取ってあげられるだろうか。すぐに返事をしないと、だんだん彼は顔をうつむかせて泣きそうな悲しい表情になる。
朗らかな空気に戻すのはどうしたらいいんだろう、そうだ。昼の食事が美味しかったとか、ダメだそれは時間的に効果が少ない。というか怪しまれるのがオチだ。


「あ、の。えっと、け、怪我の具合はどうですか」

「っへ、怪我?」


ブンブンと何度も頷いてみると彼は驚嘆の声を上げた。どこに驚く要素があったのかわからないけど、暗い雰囲気になることは防げられた。ひとまずここは安心してもいいんだろうか。ドキドキと緊張からくる動悸と変な汗を拭う。
イワンさんは私の一連の動作を見ているはずなのに、体は固まったままで口を動かさない。そろそろ現実へ戻してあげなきゃ。


「イワンさん?」

「心配してくれたの、僕のこと?」


会話のネタを作っただけなんです、ごめんなさい。心の中で謝りながら首を縦にふる。イワンさんは私の方に近づいて両手を握る、双方とも暑いのか手がほんの少し湿っていた。ぎゅっと力を込めてイワンさんは握って、嬉しそうに笑っている。私は何が起きたのかよくわからないけど、反応を示すために笑いかけた。


「初めて、君から僕に話題をふったね。心配なんてしなくても、ちゃんと話をしてくれた」

「し、心配は」

「いいよ、隠さなくてもわかるから。以心伝心だから」


以心伝心という言葉にちょっとだけ恐怖が芽生える。彼は私のような怪しい人物にすぐに心を開くようなタイプじゃないのに、なぜ以心伝心という言葉を使ったんだろうか。なにか企みがあるのかいささか疑問を残す。
初めて私からイワンさんに会話をしたなんて、こちら側としては「そうなの?」と思うほど無意識だ。でも彼が満たされたのなら黙っておこう。
掴まれた両手は太陽よりも熱いものを孕んでいるのかもしれない、そんな気がした。

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