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いったいどれくらい時間が経ったんだろうか。
私がこの世界、アニメの世界にトリップしてきたのは。


このアニメの物語は知っている。欧米諸国の豊かな文明、生活館が滲み出る絵柄が好きで、たまたまレンタルビデオ店で見つけて借りて見始めたのがきっかけ。ロボットアニメとか?というはじめの疑問はすぐに消された。正義のヒーローたちが葛藤する話、すごくドキドキした。そんな気持ちと同時に、キラキラ輝いている彼らに嫉妬した。届くはずもない彼らに、羨望していた。


ありのままの日常を怠惰に過ごしていたとき、自分が苦手な実習時間にタイミングがいいのかタイミングが悪いのかよくわからないけど、頗る体調が悪くなり私は周りに迷惑をかけないようにそうそうと教室から出て行き、教室で汚れた作業服から制服に着替えてから保健室へ向かった。フラフラ、壁伝いながら保健室を向かうとき、ふっと自分の体から力が抜ける。

やばい。朦朧とする意識の中で、口走ったのは平凡な私を象徴するかのような言葉だった。




「どうしたの、ナマエ」

「イ、イワンさん」

「考え事?それとも悩み事?話、聞くよ」


甚平姿で現れたのは今私が居候している家の主、イワン・カレリンさん。プラチナブロンドの髪の毛にアメジスト色の丸い目、儚げな表情がぴったりの男の人。イワンさんは日本文化が大好きで、居候しているこの家は日本家屋なのだ。お人形さんのように綺麗な彼の顔がずいっと近づけられた。外国の方は積極的というか、フレンドリーな人が多いので顔が近くても気にしないようだ。驚いて後ろへ下がろうとするが、イワンさんは私の右腕を掴んで引き下がることを止めた。


「どこか具合悪いの、それなら早く寝よう」

「イワンさん、私は具合悪くありません」

「だったらどうして僕の問いかけに返事をしなかったの」

「すみません、少しだけぼーっとしてました」


この答えに納得できなかったのか、イワンさんは私の片腕を掴んでいた手を離して正座し、向き合うような体制を取った。腹を割って話そうなんて言いそうだ、出来ることならそれだけは避けたい。気を緩ませただけで私はボロを出してしまいそうだ。
私は彼の行動に連鎖反応と等しい感覚で座りなおす。


「ひとりでなんでも抱え込まないで」

「わかって、ます」

「僕は頼りないかもしれないけど、君より出来ることの範囲は広い」


「はい」と返事はするが心配してくれる彼に罪悪感を抱える。助けてとか、話を聞いて欲しいとか、簡単に打ち明けられるならとっくにしている。けど、彼はこの物語の重要なメンバーでもある。もし、彼に喋ったとして何かしらの影響を与えてしまったら。仕事に支障をきたしてしまうの目に見えている。頼りないからじゃない、踏み込んではいけない彼らの輪に入るのはダメなんだ。


「…ね、抱きしめてもいいかな」


イワンさんは辿たどしく、私に聞いてくる。彼は不定期、いいや予測不可能に抱きしめたり頭を撫でたりする、まるで愛玩動物のように。優しく愛撫する時もあれば骨が軋むくらい強く抱きしめる時だって。首を縦に振ると彼は嬉しそうに私を抱きしめる。

「今日も、僕のこと愛してくれた?」寂しそうに問いかける彼に、抱きしめられたまま頷く。愛を数える癖を隠さずに彼は私と一緒に真夜中を過ごす。

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