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彼女は紅茶を飲んで俺が部屋に戻ってくるのを借りた猫のようにおとなしく待っていた。
部屋の扉を開けると俺が読みかけていた小説を開いて、黙読している。

邪魔くさそうに垂らしている髪の毛は、黒いゴムでくくられて顔がはっきり見える。そっと彼女の目の前に立ってみると、小説の感想をベラベラと語り始めた。だから、まだ俺は小説を読み終わっていないのだよ。彼女は酸味が恋しいそうだ。ティーカップの周りにあるレモンはぐちゃぐちゃで、もう使えない。それで少しだけ機嫌が悪いのか。


「まったく、お前は子供だな。今、レモンを持ってくる」


俺が踵を返すと、後ろから抱き着かれた。
と、言う表現は易しかった。後ろからタックルされた。

自分は大柄な方だと自覚しているが、俺が息を詰まらせるくらいの力でタックルされると、彼女が不安になる。彼女は俺の後ろで引っ付いて離れない。


「なんなのだよ、全く」


急に子供くさくなって、俺もそんな彼女に振り回されるのは金輪際やめたい。眉間にしわを寄せて、口を尖らせながら彼女に言うとじわりと、自分の背中が濡れていく。

なんだ?今日は珍しい休日だ、私服とはいえ濡らすのは汚い。


「仮面をかぶってない、本当のあなたが見える気がして好き」



涙声だ。彼女は、泣いている。



「お前は何をしても仮面をかぶっている、いいや、その前に厚い壁で隔ててている」


もっと、泣いて。もっと、見せてほしい。後姿だけじゃ我慢ならん。
優しさを与えたいはずなのに、もう一人の自分が正直に俺の欲を出す。俺は彼女を、ベッドのほうに突き飛ばしてそのまま、覆いかぶさる。両腕は押し倒された彼女の頭上にまとめて押し付けた。


「なぜそんなことをする必要がある」

「もし、すべて貴方が知ってしまえばつまらないでしょ」

「つまらないも何も、お前が一人ぼっちに見えてならんな」

「なにそれ、一人ぼっちって」

「言葉の意味そのままだ。お前は嘘をついて嘘を塗り固めて俺を騙している。詐欺師だ」

「っ違うわ」

「何が違う、詐欺師に変わりはないだろ」


ペテン師でも言ってやろうか、語尾を強めに彼女へ暴言を吐いた。先ほど朝食を食べたあとなのに、スカッと軽くなって腹が減ってきた。空腹感とゾクリと彼女への独占欲が背筋にさかのぼる。彼女は顔を歪めて小さい声で反論してきた。


「じゃあ、あなたは私のすべてを知ったら嬉しい?けど、そんなの一瞬よ。どうせ全て知ってしまえば私のことなんて忘れてしまう。どうでもよくなってしまうでしょ」

「どうしてそんなに寂しいことばかり言うんだ。俺はお前のことを愛していると何度も口を酸っぱくして言っているのだよ。それほど、人が言う言葉を信じることができないのか」


俺が静かに、湧き出る水のようなトーンで彼女に伝えるが彼女はただただ涙を流すだけ。ぼろぼろと、涙とともに本音も出てきた。ほのかにレモンティーの香りがした。


「一人じゃないと何度言えばわかる、俺はお前がどんな立場だとしても、どんな境遇に立たされようとも、心の底から愛している」

「っし、真太郎は、もっと、別な人に愛されるべきなの」

「それでお前は満足するのか?俺は別の誰かに愛されていても、お前に愛されたほうがこの世で一番うれしい」

「でも、世間は許さないでしょう。大ウソつきで、孤独を極めている私が」

「ナマエ。諭してくれるのはうれしいが。もう俺はお前が好きすぎて、手遅れなんだ。どんなに罵詈雑言をぶつけられても、俺はお前から離れられない」

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