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「タイガにしてはいいプランじゃないか?」
「そっか、ならこれでメール送る。タツヤ、ありがとう」
日程を決めているとき、タツヤのアドバイスを交えながら浮かれていた。服装だってちゃんと前日に準備して、ほつれはないか、色あせている場所はないかきっちり確認した。
こんなの緑間くらいじゃねぇーの?やってんの。いや、見たことねぇけど。飛び抜けてイメチェンしたわけでもない、飾ってある服を見つめて俺はタツヤに向き合う。
「タツヤ」
「なんだい?タイガ」
「…ミョウジサンが本気じゃなかったら、俺」
「彼女が本気じゃなかったら、とっくにタイガを誘ってるよ。それか手馴れた態度くらい取るだろ?」
「まあ…」
ミョウジサンはタツヤが言ったように男を誘うような仕草だってしないし、露出度が高い際どい格好なんてしない、男に慣れているっていうのはあるかもしれないけど。それは仕事上、男に囲まれているからと苦笑混じりに答えていたのを覚えている。先輩からの無理難題を答えるのは男並みの体力を欲するなんて愚痴ってた時もあった。
ニヤニヤしていると「タイガ?妄想中悪いんだけど答えてくれない?」と、なにげに酷いことを言ってくる。コーヒーに口をつけて曖昧に答えると、タツヤは昔から変わらない優しい笑顔を向けた。
「タイガがこれほど切実に彼女を向き合っているんだから、彼女だってそんな気持ちを無下にはしないよ」
「そう、かよ。黒子より頼りになったぜ」
「ヘタレな部分を見せなければ、あとはベッドの上に押し倒してゴールインだ」
「…タツヤ」
「なんだい?ゴムなら買い置きないけど」
「そ、そうじゃねぇって!なんでそっちの話にもっていくんだよ!」
「アメリカって遠いんですよね」
映画を見て近くの居酒屋でお酒を飲みながらポツリとつぶやいた。ミョウジサンは思いつめたような表情を隠さない、俺に見せている。大人っぽい行動は取るのに、表情は子供のようだ。片手に熱燗から優しく注いだ徳利を持っている。なぜそんな言葉が出てきたのかは単純明快、本当は向き合って話したいけど、話せないから。…さっきからミョウジサンが見ているメニュー逆じゃね?映画を観る時だって、カバンを忘れそうになったり、言いたいことをポケっと忘れたりする。どこか抜けているところも可愛らしく思えた。
見たことのない彼女をもっと知りたい。
たかだかひとつの見合いを原点として、こんなに接近するとは思わなかった。
女性と長くいなかったからという反面、なんとなくミョウジサンといるのもいいなって思うようになってきた。セフレなんてただの体の関係だし、ドライなところがイイって言うのはうそ。
「いいな」
逆さまに見ているメニューを俺が指摘すると天然の定石である態度をとった。慌てふためいて「これはたまたまです」なんて。
そのまま、俺は彼女に触れたいと願う。
「火神さん、次は何頼みます?」
「え」
「ほら、もう、空いてますよ」
「あ、おお…」
はっと我に帰り、彼女が手渡すメニューを見つめつつ、私欲と戦った。
「かなり酔っ払ってねぇか?ミョウジサン」
俺が言ったとおり、彼女は誰がどう見る限り酔っ払っていた。へべれけになった姿を俺は直視できない。視線を外して、ミョウジサンのほどよく日焼けしている腕を引っ張って自分自身の肩に回した。細くて、力を入れただけで折れてしまいそうな感じがしたし、俺より小さいのが歴然。力を込めて崩れている彼女を立て直すと、色っぽい声が聞こえて自分の顔が一気に赤く染まるのがわかる。落ち着け俺、タツヤが言っていた言葉なんて信用するんじゃねぇ。
「お、おい、起きろ。ミョウジサン」
「ん…火神さん?」
「っ、起きてたなら返事しろよ!いででででっ首絞めんな!」
仕方がなくおぶっていると、ぴくりと動いたので声をかけると案の定起きている。収まりきかない色情を、ほかのことを考えて波風立てないようにさせていたのに、名前を呼ばれてドキドキしてしまう。夜道二人で会話をしていると、危ないってこういうことだな。
「ミョウジサン、あの」
「ナマエ」
「あ?」
「名前で呼んでよ、大我」
「っ〜!」
タツヤ助けてくれ。肉欲が溜まっているのに、無防備な女性が、いい雰囲気まで到達している女に名前を呼ばれて喜ばねぇ男なんているかよ。バスケ馬鹿でも異性のことになればただの男に成り下がるのが身にしみて実感した。
背中でむずむずと動いている彼女が何か言っている。呂律が回っていないから、はっきりとは聞き取れないけど。
「大我は私と、どんな、関係になりたいの?」
「…は?」
だから、そう言う誘惑するのやめてくれ。就中容姿に恵まれているわけじゃない、俺に何でそんなに声をかけるのかはわからない。あれか、結婚に乗り遅れないためにか?その割にはなんつーか、男の影を見せないのは不思議だ。期待してもいいのか、その言葉に。
「ナマエサン、俺期待してもいいのか」
「きたい?」
「俺は、ナマエサンと本気で付き合いたいんだ」
ナマエサンの目が開かれて、息を飲んだのが俺の首筋で感じ取った。
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