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ああ辛い。同じ姿勢をしていたから首も痛い、なぜか自分の頭が重たく感じる。

たった一つのミスで全てやり直しするなんて。はあ、っと重たいため息をついて眉間にしわを寄せているだろうと、自分の人差し指で自分の身権を裂くように押してみた。パサパサに乾いたようになっている自分の目を、ぎゅっと絞って開いてみるとまったくもって進んでいない図面が見えた。これは新種のいじめではないか、ストレス溜まって恐怖症になるよ、先輩助けて。何度も強くぶつかる壁に腹が立つ。


描き直しても進度は落ちてゆくばかり。むしゃくしゃしてきた。まだまだ私には残業があるからチンタラやっていられない。今描いているものが本物として、現実として建てられるなんて決まっていない図面を提出してどうなるというんだ、何が企画提出だ。嫌な気持ちばかりが錯誤し、沈殿することはない。


そんな時、聞きなれた着信メロディーが唐突に鳴り響いた。こんな時間に誰だろう、もしかして提出しなくてもいいという先輩からの御達しか!

携帯電話を見てみるとチカチカと点滅する文字は火神大我。思いもよらない人物に声を上げたくなった。出た方がいいよなっと思う反面、出たら八つ当たりという名目で怒り狂いそうで拒絶する自分。ふと彼の言葉を思い出した。


反芻するように私は口に出して言う。


「一ヶ月しかないんだっけ」


私が彼に会えるのは一ヶ月の中の、ほんの数日。一ヶ月ずっといるわけじゃないから、普通に考えたらそうなる。バスケットボールプレイヤーである火神さんが、また来日するのはいつになるかわからない。もしかしたら、もう私に会いに来ることなんてないのかもしれない。それに。


「火神さんがせっかく声をかけてくれるんだから、出るのが礼儀ってもんだよね」


不躾な姿を見せるのは、もっと仲良くなってからにしたほうがいい。めんどくさいからといって出ないのはおかしいし、高尚な判断。火神さんからは日本の友人は多くないと聞いている。少しくらい遊びに付き合ってもいいかな。

CADを一旦閉じて、長らく鳴っていたコールを止めるように電話に出た。


「もしもし」

「っはぁ…やっとでたな」


息でも止めていたのか、深い息を吐いた火神さんが思い浮かんだ。女の人に電話かけることがなかったから、緊張でもしてたのかな。その割には食事しているときはそんなヘタレな姿は見たことがない。私は、ごまかすように言葉を発した。


「すみません、ちょっと手が離せなくて」

「あ、もしかして、仕事だったか?」

「いいえ、残った仕事を片付けていただけです、区切りがついたので平気ですよ」

「そ、そうか。なら、話してもいいよな、なぁ、今度の日曜日空いてるか?」

「日曜?はい、空いてます」


どこかにお出かけするなんていう口約束だってないから、多分大丈夫。答えてしまったあとに、カレンダーを確認してみた。よし、なにもない。暇人でよかったと心の底から思った。


「なら、一緒に映画見に行かねぇか?高校の時の友達が割引券くれたんで、せっかくだからどうか?」


電話の奥で緊張しているのが伝わる。

口端が自然に釣り上がるのがわかったとき、彼は慌てたような音を立てていた。電話一つで私たちはどんなことをしているのか、今度第三者になって見てみたいものだと、一瞬だけ思う。


「じゃあ、時間とかもろもろ決めてもらっていいですか?」


日本と長期間離れていて、それでもって女性経験の少ない彼に難度が高い。けど、そんなわがままにでも付き合ってくれるかどうか試みた。

例えば、土壇場になってキャンセルしたとなると、それは私に対して、ましてや友人にもそう言う態度をとっている問考えると、この先仲良くする必要なんてない。
そういった答えだって見えてくる。

すると、火神さんは明るい声に変わった。


「任せとけ。じゃあ、後でメールするからな!」

「っはい、宜しくお願いします」

「おう!じゃあな」


終話ボタンが押されて会話はなくなり、しんと静まる。

じんわりとケータイのバッテリーが微かに暖かい。

そして自分の胸がドキリ、ドキリとバスケットボールをドリブルするかのように響いている。これを恋というんだろうか、いいや違う、違うんだと自分に言い聞かせて休んでいたパソコンをまた立ち上げてCADを表示させた。冷徹な心でマウスを強く握る。


翌日、クローゼットを開いて絶句した。仕事熱心のあまり、一つも女の子らしい流行モノの服がない。大半はカジュアルなもので埋め尽くされていた。化粧道具も相当使いまわしていたりして、良い状態ではなかった。


「買いに行こう」


今日は仕事を早めに終わらせてデパートへ行くとスケジュール表に赤ペンで書いた。

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