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「やあ、タイガ。彼女とどこまで進んだのかい?」
「…だ、誰から聞いたんだよっ!タツヤ!」
早朝から訪問してくる奴はだいたい俺と仲が深いやつか、よっぽどのアホか。または、黒子の友人とか。
黒子の奥さんのあの人は、秋季出張で帰ってくるのは二ヶ月後だって聞いてたから、帰ってくる可能性は低い。
だが、俺の目の前にいる奴は前者。なんで、日本にタツヤがいるのか、そして何故ホテル代を浮かせるために泊まらせてもらっている黒子の家を知っているのか、ていうかもうくつろいでるし。勝手にコーヒー飲んでるんじゃねぇよ!質問したいことだらけだった。
昔から染み付いた兄のように振舞うタツヤになにか反論できることもなく俺は渋々、先程聞かれたことに答えた。
「き…昨日、一緒に飯食いに行って」
「で?」
「でって…それ、だけだけど…」
「それだけ?ほかには?こう、キスしたとか、手をつないだとかは?」
「ねーよ、ンなこと」
「…っ、それだけ?タイガ、お前は今まで女性を口説く何を勉強してきたんだっ。ホテルに連れ込んで押し倒せよ!」
「いや、根本的におかしいだろそれ!」
「タイガは女性相手になると草食になるとは考えてなかったけど…もしかして、女性に興味が」
「変なこと言うんじゃねぇよ!てか、草食系とかじゃねぇし、友達みてぇな関係相手にそんなことできるかよ!」
「今更何言ってるんだい、セフレならいるじゃないか」
「っ、だから、ミョウジサンはもっと特別でいてほしいっつーか」
タツヤがおかしなところで怒りをあらわにするのはよくあるけれど、今回は許せない。
たった数日、数回しか会ったことがないミョウジサンに手を出すのは気が引ける。そんなことしたらもう会えねぇかもしれねぇし。数少ない、距離を保てている女の人はミョウジサンが初めてかもしれねぇ。
そりゃ、日本とアメリカは違う。今思い返せば、ミョウジさんと手を握ったことがない。俺とミョウジサンってどういう関係なんだ?仮交際、っていう感じか?よくわからなくなってきて頭が痛い。
ミョウジサンと初めて出会ったのは、ハリボテみたいに作られたお見合いで、そこから意気投合して連絡先交換して、アメリカでバスケしてた時何度も、もう一度会いたいって思って。日本で休暇を取っている時に、やっと会えると思って嬉しくなって早速一緒に飯食いに行って。
って、考えてみると勝手に連れ回してんの俺じゃねぇか!考えることをやめてソファから腰を上げた。
朝飯を作っていると、黒子は相変わらず芸術的な寝癖で部屋から出てきた。尻尾振ってきて出てきた2号も、さっさと飯を出せと言わんばかりの目をしている。
タツヤはマイペースに「俺の分も作って」という。
細そうに見えてかなり食うタツヤのために、今まで切っていた野菜の量より多めに切る。
「…ここの母親か、俺?」
独り言を漏らしながら、フライパンに火をつけて卵を割っていく。
「タイガはもっと押せ押せでいいんだ、シャイな姿を見せていいけど、ここぞという時に尻尾巻いて逃げるからダメなんだよ」
「そうですね、火神くん。黄瀬くんを思い出していい手本にしてください」
堂々と心の突き刺さるような言葉を吐き続ける二人に無性に殺意が湧いた。押せ押せって言ってもなにも進展していない奴に普通助言するか?黄瀬を手本になんてしたくねぇし、なんか俺、負けたような感じがする。
そういったことを年下相手にできるはずがねぇ、案外大人っぽいところがあって、見えない壁で隔てられている感じがする。そういったことに関しては、ミョウジサンは悪くない。
苦い思いを味見のために救ったスープで流し込んだ。
「やっぱり、火神くんには女性に興味がないんでしょうか」
「オレの周りにいる女どもが強すぎんだよ。カントク然り、アレックス然り。ほら、よくドラマで夫婦とかカップルがどうでもいいことで諍いするの見て、めんどくさそうって思うんだ」
「…タイガは影響されやすいから困るよ。全部が全部そういう関係なわけじゃないんだよ」
「あ?そういうもんなのか?」
「俺と彼女がどういう生活をしていたのかちゃんと見てた?」
「困ったちゃんの火神くん」
「んだよ、てか、困ったちゃんとかやめろっ!」
「のんびりしている場合じゃないですよ。君が日本にいる期間はたったの一ヶ月しかないと考えたほうが得策です」
「あ?」
「そうだね、社会人と仮交際しているから休日しか会うことなんて当然」
「チャンスは一度きりです」
久しぶりにストバスのコートに行くと、高校の時から変わらない景色にほくそ笑む。黒子に言われたとおり、俺が日本にいる期間は一ヶ月。次に来るのはいつになるかわからない。俺が休みを取れたとしても、長期の休みにしか会えなくなる。
アメリカと日本の遠さに悔しさが生まれる。
ミョウジサンには仕事がある、しかも忙しそう。
「だったら、俺はどうしたらいいんだよ」
ミョウジサンが好きか嫌いかと聞かれたら、胸を張って好きと言えるけど、それはバスケに勝ることなんてない。俺の一部になって欲しいなんて思わないが、もし、俺とこの先も付き合ってくれるなら、深く知り合いたいし、大事にしたい。
目をつぶってドリブルの練習をして、練習相手をイメージする。今だと感じた瞬間に一気に走り出し力いっぱいゴールリングへボールを叩き込んだ。地面に足を着くと、遅れてボールも地面についた。
「考えるって性に合わねぇな」
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