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久しぶりの休日から遠ざかっても彼からの返事はない。

ああ、彼というのは火神大我さんのこと。ご縁がなかったというふうに流れたという話は聞いていないから、まだ保留なんだろう。いい方を考えたいけれど、やっぱこんなにスパンがあいてしまうと悪い方を考えてしまう。


あんなに話せた人が私にとって赤の他人に戻ってしまうのは惜しい。
寂しい感じがした。稚拙な彼でも私が惹かれていたのは事実である。男を見る目を失ってしまったのかと少し焦る。



あ、線はみ出た。左クリックで線を消した。せっかくうまくいったと思ったのに、2、3度ずれてたかも。レイヤー番号を変えて、直しやすい図面に戻す。

CADを使いながら新しいマンションの設計図を書いていると、唐突に携帯電話が震えた。


コーヒーカップの隣に置いてあったのであと数秒でコーヒーカップに当たるところだった。
めったに連絡が来ないため、自然と私は誰なのか知るために携帯電話の名前表示される部分を見る。そこには火神大我と表示されていた。わあ、噂とかの前に彼には読心術があるのかも、あの2本に分かれた眉毛はアンテナ?


電話なのに自然と私は鏡を見て髪の毛を整えた。やっとまともな髪型になったところで私は携帯のボタンを押す。あ、声とか変じゃないかな、周りの人とか聞いてないよね。不安がどっと押し寄せる。



「もしもし、この間はどうーも」



ではじめは、戸惑ったように言葉を反射的に話すことはなかったけど、自分のリズムに合わせて口を開いたのがわかった。相手も緊張している。

もしかし、今頃縁がなかったとかの話?



「いいえ、私こそ。先日はお世話になりました」

「…あ、やっべ。今仕事中か」

「大丈夫ですよ、休憩時間ですから心配無用です」

「ならよかった。そ、の、今度一緒に飯とか、どーか」

「え、あの」



一緒にご飯?もしかして、よくわかんないホテルの最上階にあるオシャンティなお店でイタリアンとかよくわからない料理を食べるのかな。どうしよう、それだけは嫌だな。私の付け焼刃の作法がバレてしまうし、火神さんに恥をかかせてしまう。返事を濁していると、火神さんは慌てて取り消す。



「やっぱ仕事で忙しいのか?」

「そういう意味じゃなくて、火神さん、お仕事の方は大丈夫なんでしょうか」

「コーチに体休めるために一ヶ月くらい休み当てられて、まあこの時くらいしか、まともに会えないと思ったんで連絡したんだけど」



「っ、これ、強制じゃないんで、それに高いところに無理矢理連れていくほど力ないし」と、尻すぼみになっていく火神さん。見かけは怖そうだったのに、すごく心配りのできる人なんだなぁと感心した。純情で、どこかでカッコつけたいっていう邪心がないのが、やり取りをしていく中でわかってくる。



「そういうことだったんですね、わかりました。仕事はだいたいくじに終わるので、その時間以降なら平気です」



お互いにたどたどしいやりとりをしていると思いながら私は受け応えた。彼のことをもいだしてる時に電話が来たんだ、これくらい慌てても仕方がない。書いていた図面をチラチラ見ながら相槌をする。きっとこの光景は変だろう。電話を終えると一日やりきったような気持ちが抜けない。先輩にバシィと背中を容赦なく叩かれてヒリヒリ痛かった。お風呂に入ったとき背中に、モミジが出来上がっているかもしれない。まだ嫁入り前の体なんですけど、っと文句の一つや二つ言いたかったけど、目を三角にして不機嫌オーラを出しているのを見て、引き下がった。



「公開リア充が!あんた。いつの間に独身貴族卒業してんだよ」

「そ、そんな訳ありませんからね」

「裏切り者めがっ!」



すると、別の先輩が顔を出してニヤニヤと下品な笑顔を浮かべる。徐々に周りも、何やら行きたいした笑みを浮かべて拍手をし始めた。やめてくれ、本当にやめてくれ、たかが一度お見合いして始めた交際だから、すぐに捨てられるに決まってる。期待に応えられないのは、今後を見据える限り五分五分だ。



「いやぁ、いい男捕まえなきゃ親が心配するぞ」



こんなに迷惑をかけていたのか。

男所帯の場だからなんとなく男として見られているかと思っていたが違った。みんな。



「お父さんみたいですね」



私が笑って言うと、先輩方は「手のかかる後輩だからな、頑張れよ」ともう一度容赦なく背中を叩く。バシンと。痛いけど、久しぶりに来てた本音に笑みがこぼれた。





「火神さんは料理が得意なんですか?」

「ひとり暮らしが長いんで。中学の時も、あんまり親と一緒にいなかったし」

「鍵っ子なんですか?」

「かもしれねぇ。思えば、小せぇときは寂しかったけどな」

「そりゃそうですよ、私も小さい時は親が出張行く時は寂しかったですよ」



甘辛いエビチリをつまみながら酔わない程度にお酒を飲んでいた。外食をあまりしない私にとって今日は楽しみで仕方がなかった。色々なお惣菜をつまめるような場所を選んでいるのを見る限り、気を使っているのは身にしみて感じた。仕事場から近くてニーズに答えているお店でよかった。シャレオツな場所なら食べた気がしない。



素揚げを食べながら高校時代の仲間の話をする火神さんは楽しそうだ。カントクさんの料理を食べたとき、生きてる時じゃ見られないものが見えたとか、鍋のなかにカステラや、いちごやバナナが入っていた、原因はプロテイン、栄養補充のサプリメントを混入させたからだとか、レモンのはちみつ漬けがレモンまるごとのはちみつ漬けになっていたり…。

なかなか味わえない経験を火神さんは高校の時に満喫したようだ。


補足だが、料理には入れないはずのものがよく入っていたみたいだ、そこまで私は生活力に貧していない。



「そういやミョウジサン、料理しねぇの?」

「ん、仕事上やっている暇もないし、怪我をしたら仕事取られちゃうし…休みの日はできるだけしてるんですよね。簡単なものしか作れないんですけどね」

「やっぱ建築業って大変なんだな」

「やりがいがあるからプライスレスです。火神さんもプレイヤーなら食事とか気を使ってるんですか?」



意外に酔いが回ると話も続くらしい。

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