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「バカガミ」

「カントク、まだその名前で俺を呼ぶつもりっすか」

「よくやった、火神」

「グッジョブです、火神くん」

「ンで、黒子がここにいるんだよ!しかもGood jobの発音違ェし!」



お見合いという初めての経験を経て、俺はカントクとキャプテンの家にいる。

カントクたちは、俺がお見合いしている間に隣の部屋でそば耳立てていた。なぜか黒子までいた、いつの間に俺がお見合いしたっていう話聞いたんだよ。恥ずかしいじゃねぇか。
ぜってぇ、コイツ…青峰とか、緑間に言うだろうな、全力で阻止してやる。


前日眠れなかったから急に睡魔が襲う。グラグラと船を漕いでいると、カントクとキャプテンが同時にチョップをかける。いってぇっ!と大声で言うとうるさいと逆に怒られた。理不尽じゃねぇか、今の。




事の発端は、久しぶりに日本へ帰ってきて黒子と飯を食いに行った。

本当は、タツヤと来るはずだったが、タツヤが父親になるという大きな出来事が舞い込んできたから、一人だったのだ。


黒子とは久々に話すから盛り上がっていった、その最中に結婚の話も持ち上がった。先陣切って結婚したのはコイツだ。
最初は、ノロケをさんざん聞かされるんじゃないかと心構えしていた。


だが、その判断ミスが予想外の展開を巻き起こした。



「確認ですけど、火神くんはお付き合いしている女性はいるんですか」

「は?俺か?」

「はい」



度数の低いカクテルを飲みながら黒子は飄々と言う。

もちろん答えはNOだ。国外にいるだけあって常にいるなんてできねぇし、いちいち相手なんてする時間も割けることはできない。何よりめんどくせぇ。仕事であるバスケのこと以外今は考えられねぇ。


大まかな理由を言うと、黒子は眉間にしわを寄せてため息を吐く。呆れられたようだ。どこまでバスケ馬鹿なんですか、とか言うんだろうなと思っていたら違う言葉が帰ってきた。



「では、ここはひとつ。お見合いなんてどうですか?日本人らしく」



と、言い始める。頭を抱えたくなる思いに襲われる。今更女作って、どうしろって言うんだよ。別に料理とか、大まかな家事が足りてないっていうこともねぇし、性的な意味ではセフレとかいるから別にどうでもいい。不自由なことは何一つない。困っていることだってない。


まあ、ゆくゆくは結婚して、円満な家庭を築くんだろうと思っていた。けど、途端に大人になっても、そんなチャンスは一度も現れなかった。紛れもない事実だ。


お見合いという言葉は聞いたことねぇし…嫌な予感しかしねぇ。

そもそも、俺はよく人に避けられてるし、強面だとか言われてるからなんつーか。



「直ぐに出会いなんてこねぇと思ってたんだけどよ」

「僕は、火神君にぴったりの女性だと思いました。あの女性は、たしか、ミョウジさんと言いましたよね、ミョウジさんは一人でもやっていけそうな感じでしたし、パーソナルスペースが上手く取れていると思います」

「は?」

「火神くん」



この間の食事を思い出しながら黒子の話に相槌を打っていた。何言っているか大半は理解していたけど、呼び止められて、やっと戻されたような感じになった。顔を上げて黒子をみるとバスケをする時みたいに、すごく真剣な目つき。



「お見合いの時、僕は彼女に対して怒ると思いました」

「怒るってなにに対してだよ」

「お見合いみたいな雰囲気ですねって言ったときです」

「…ああ」

「第一声にあれは俺も驚いたな」



キャプテンもカントクの手作り料理をつまみながらそう言った。

そういや、カントクの料理普通に食べられるようになって、何があったんだ。
恐る恐るカントクの作ったものに口をつけてみる、おお、普通だ。



「てっきり火神くんが怒って、破談になると思ってました。というかお見合いをする前から目に見えていました」

「黒子テメェ…!俺のこと馬鹿にしてんのかよ」

「成長したんですね、火神くん」

「…親か黒子は」

「返事はどうすんだよ、あんまり長く待たせるのもアレだろうが」



キャプテンは投げやりに言っているように見えるが、少しだけ心配そうだった。みんなで俺のことを心配するなんて、俺ってそんなに馬鹿なのか!?粗相の振る舞いなんて微塵も感じさせない、大人っぽくて、落ち着いていて女らしいやつなんだなぁと思っていたら、年下と聞いて、俺は少々ビビった。


俺と違ってもっといろんな出会いがあるんじゃねぇのか、こんなところで見合いしている場合じゃねぇよ、なんて。



別に年上が好みだから、年下とは付き合えないとかじゃなくてもっとマシな断れる理由を考えたが、話しているうちに引き込まれていった。どんどん惹かれていった。多忙有閑であるがゆえに、一応連絡先は確保しておいた。まだ、今回は縁がなかったとか言うつもりはない。何度か会って話してぇなって思う。


嫌な女じゃなかった。
けど。



「物足りねぇって感じ」

「あ?何か言ったか?火神。ってお茶こぼれてっからこれ使え」

「あ、いや、なんでもねぇです。あざっす」



コップにお茶を注ぐとき、注ぎ口に沿って入れてたはずなのになぜか反対側から溢れていた。うっかりしていた、変だな。

女相手に上手くいかねぇ感じが、懐かしいような、初めてのような…?



「ぼやっとしてますけど、火神くん、ちゃんと連絡先は確保しましたか?」

「おう」

「マジか、でかしたぞ!やっぱ相手も脈アリか」

「え、は?」

「バカガミ、あんたは気づかないうちにあの子に恋しちゃってルンルンなのよ。そこまで鈍いって…バカか!」

「あの部屋から出ていくとき、雰囲気が柔らかかったので。君たちが」

「お、俺とミョウジサンが?」

「ダァホ!お前ら以外誰がいるんだよ」

「どんだけバスケしか考えてないのよ、火神くん、せっかく空気読んで二人っきりになったのにバスケの話やらアメリカの話やらで…」

「あれはないと思いました、火神くん」



いまいちピンと来ない自分が、鈍っているんだろうな。鍋の吹いている音がして、カントクはキッチンへ駆け足で向かう。なんとなく、名残でカントクが料理をしていると不安を覚える。


黒子やカントクが俺に、ミョウジサンにそういう印象を与えたということは結構いいんじゃねぇか?詰め腹切ることをまぬがれた。


お茶で食べ物を流し込んでいるとき、ふと、ミョウジサンが今何をしているか気になった。話しているときは、基本的に俺がアメリカのことを紹介していたりバスケのことを話したりで、彼女は何が好きなのか嫌いなのかも聞いてなかった。



「さ、次の料理できたわよ」

「…これってあとから来るパターンですか」

「いや、もうねぇ…多分」

「何か言ったかしら?二人とも」

「な、なんでもねぇよ、リコ」

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