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「あの…まるで、お見合いみたいな雰囲気ですね」

「…え?」

「…え?」



和風の部屋にこだまする。障子で閉じられているのになぜか風が、ひゅっと過ぎ去っていった。畳が、青々しい匂いを立てていく。
生ぬるくなった緑茶の水面が揺れ動いた。
加えてゆうならば、四人でテーブルを取り囲み沈黙を突き通していた。

私が悩みに悩んだ末に口から出た言葉は、さほど気の利いた言葉でもなくその逆で、とてつもない波乱を招くとは思ってもいなかった。


目の前に座っている赤い髪の毛、風変わりな眉毛、目つきが悪い男の人は驚嘆している。伯母さんに綺麗なべべを着せてもらって紅を引いて、慣れない作法に精神を研ぎ澄まして…何のためにこれまで準備していたんだっけ、そういえば一度も聞いたことがなかったな。なぜこうなってしまったのかも、私には皆目見当つかない。



有名な大学を出て建築系の仕事について早三年。
だいぶ仕事に翻弄されずに自分の意思を持って取り組める地位に立った。ほんと長かった、それにすごい神経がすり減らされてきた。

新しいプランが通って、やっと軌道に乗り始めたそんな時に伯母さんから珍しく電話がかかってきた。相変わらずハイテンションで、話を合わせにくい。



「あら〜久しぶりね、仕事順調?健康管理できてるの?風邪とか引いてないかしら」

「ハイ、おかげさまで」

「本当に大人っぽくなったのね。ウチの坊主なんてダメねぇ」

「はは、ありがとうございます」

「それでね、今度日曜日時間あるかしら?ちょっと来て欲しいのよ」



日曜日でも仕事はある。

といっても、出勤するとかではなく家で行う。新しいアパートのサンプルや室内パースや、外観パースなどを描かなきゃいけない。本音を言うと、私はこのお誘いを断りたい。しかし相手は伯母さん。断ったら親類同士の仲が悪くなる。ひよっこの私がきっぱり断れることもなく、トントン拍子に話が進んでいった。


真実を知るのが嫌で、逃げに逃げた末に待っていたのは誰に企てられたのかよくわからないお見合いの話だった。
ベタだな。と呑気に考えている場合ではない。



どこまでも沈下していく空気を読んだのか、それとも見捨てたのかはわからないけど伯母さんは困ったような顔ひとつ見せないで立ち上がった。

そして私に向き合って一言。



「お邪魔しないよう、私出て行くわね」



これは私を試したな。日頃適当にあしらっているバチが当たったんだろうか、ここで与えなくてもいいじゃないか。つい数分前に善人だと信じていた私がドアホだった。
相手の仲人もいなくなり私と男の人だけ残った。素っ気ないような感じが残る。

飲み物は目の前にあるけど手を伸ばしにくい。



「あの…」

「はい」

「…なんつーか、お互いに騙されたみたいだな…です。俺もこうなるとは聞いてなかったんだよ、ったく」

「平たく言うと、私もそうなりますけど」

「カントク…相田さんには結婚適齢期を逃すなんてもったいねーって言われて、厄介事に巻き込んじまって悪かったな」

「…?失礼ですが、年齢をお伺いしてもよろしいですか」

「あ?26、でも来月で27だ」



その割には敬語がなっていないぞ。

ということは私より四歳年上ということになる。失礼かもしれないけど、見た目や行動が子供っぽい。いいや、周囲と比べて…建築業では柄が悪かったり性格が歪んでいたり、女の腐ったような奴ばっかりがいるから、青臭く見えるんだろう。



「んだよ、黙って…です」

「っふ、は」

「笑うことねーだろ」

「ごめんなさい、面白い言葉遣いをしていらっしゃるので」

「面白いって、敬語はあんまりわかんねぇし」



笑いをこらえて途切れながら私がそう伝えるとよくわかっていないような表情を浮かべている。

足を崩してじっと私を見据える、一風変わった、質実剛健そうな眼差しに私は胸を燻らされたような感じを取った。
次の言葉を待っているのか、それとも私を疑っているのか。



「えっと、その。話はなかったことに」

「っちょっと待ってくれ…です!」

「っ」



テーブルをはさんで両肩を掴んだ力強いのはわかったから手を離してくれ。痛い。ひやりと嫌な汗をかいて男の人と目をそっと合わせてみる。


覗き込んでいると、彼の瞳の奥には灼熱の炎が見えた。

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