log | ナノ
あの三人は私たちを弄るに弄り倒してからそそくさと帰っていった。結局彼らは何がしたかったんだ。不思議すぎて私はついていけない。きっとお仕事の話だろう。私がお昼の準備をしている時になにかおしゃべりしていたから、ただ遊びに来たってわけじゃないのは確かだ。
寿さん曰く、彼らはシャイだから遊びに来ないと。アイドルなのに変なところでシャイなんだ。


こんなふうに穏やかに語っているけれど、実を言うと私はあの時結構焦っていたと思う。もし、寿さんから無理矢理引き離されたらこの先後悔が残る人生になる。人生にリセットボタンはなくてすべて生産ボタンだから。


平凡な生活を願って生きていた私にガラリと変えてくれた寿さん。

いいや、変えさせられたの間違い。欲求には素直な私も、最近では理性が効くようになっておとなしくなっているけど。


けれど、どこかで。




何を考えているかわからなくなって、私は洋服を脱いだ。
パジャマ替わりの服を着て、リビングへ行くと、片手に台本を持っている寿さんが立っていた。練習、しているのは明々白々。寿さんから紡がれる言葉はまるで魔法のようだった。演技をしている時の寿さんよりは、歌を歌っている方が好き。


練習から休憩を挟んでいるときに私はお水を差し出した。
寿さんは喜んでくれた「ありがとう」と、一言のあとにまた続ける。



「黙ってくれるみたい、三人とも」

「そっか、よかったね」

「お金でつったっていう話はナシだからね!あれ僕の最終奥義だったんだから!ぷんぷん!」



笑いながらそう言っているけれど本当は、違うんだと察知した。コップをテーブルの上に置く。
助力できない私はただ周りでオタオタするだけ。先程まで手にしていた台本をもテーブルに置いて、ソファに腰掛ける。うっすらと額に汗をかいているのがわかった。彼はそんな短いあいだでも必死に、力と心を込めて行う。
熱心な姿が似合う彼のとなりに腰掛けた。



「ごめんね、でもお金はもういらないよ」



弁明すると、目を見開いて寿さんは言いかけた。

ぐっとこらえて、寿さんは私からそっと視線を外して黒光りしているテレビの画面を見る。何も写ってもいないのに、どこか覗き込むようにぼーっとしていたけれど、打って変わって笑顔になって私に抱きついた。

嘘をつくときは、こうする。



「そう?結構拍子抜けなんだけど僕。やっぱりお金じゃなくて僕が欲しくなっちゃったり?きゃー!」

「住まわせてもらってるだけ私はありがたいから」

「僕が無理やり移住させたの間違いじゃない?変なところで真面目だね」

「真面目じゃないよ」



力なく笑って、台本を見てみようとするが「おーっと、これはダメ」と可愛らしく言う。
確かにこの先の話がわかってしまって周りにネタバレなんかしたら困る、スミマセンと一つ謝るべきだろうが私はなんとなく言えないような、雰囲気にハメられた。


甘ったるいような、毅然とはできない。



「…ねえ」

「なに?」



愛想笑いを浮かべて振り向いたと思ったら、寿さんは匠に腕をひっつかんではソファの上に押し倒した。明日仕事なのに、こんな夜更けになってもそういう元気はあるのかと少し驚いてしまう。生涯にわたって男性は女性に種を植えつける本能が備わっていると聞くけれど、私はそんな欲はすべて別なものに昇華されている。

本能で生きているところは、寿さんも私も一緒なんだと人感した。



「…僕のこと、意識してくれるようになった?」

「っ…こ、寿さん!」



欲情を孕んだ熱っぽい瞳に顔を赤らめた。ドキドキと胸が高鳴って、息苦しくなる。呼吸は鼻からしていたかな、それとも口だったかな、と普段なら出来ることができない。瞬き一つしただけで彼に何されるんだろうと期待を込める自分が浅ましい。

寿さんはそっと顔を私の首筋に埋める。



「お願い、早く僕に落ちて…」



なんて、口癖のように言う。着ている服に手をかけて脱がそうとする寿さんに待ったの声をかけようとするが、彼はそれで止めてくれるかわからない。

だが、このまま流れに乗って体を彼に委ねるなんて淫行だ。寿さんの胸板に手をかけて渾身の力を込めて押し返すけど、全く動じない。

ダメだ、これは言わなきゃ。このままじゃ本当に私は犯される。



「寿さん、やめ、っダメ」

「なんで?やっぱり、僕に魅力ないの?僕のこと嫌いになっちゃった?」



首筋から顔を離して私の顔を見た。泣きそうな顔を、また私に見せて結局何を伝えたいのか。

愚問を続ける彼に私は腹が立った。

苦しいなら、やめてしまえばいいのに、やめたくないなら…ソファをギュッと握る。ただでさえ汗ばむ手のひらが、何度も滑る。



「違うっ…寿さんのことは好き。けど、愛してると言ったら、わからない。だから、もうそんな顔をしないで、好きだとか、アイシテルだとか言うくせに、何でそんなに苦しそうな顔をするの!?」

「それって僕に恋しちゃってルンルン…ってことかな。僕、君の言葉に、うぬ惚れちゃっても大丈夫だよね」

「…っ、好きにしてください」



脱力したように寿さんは私の体の上になだれ込んだ。
重たい呼吸が何度も何度も私の胸の上で繰り返される。そうしてやっと重たい空気がはあっと出された。その吐息でさえも私にとってくすぐったくて、甘い。溶けるようだ。



「…っはぁ…何か嬉しい。聞いてるだけでもう幸せすぎて死ねるかも…ちょっとは進んだかな」

「どう、でしょうね」

「はぐらかさないでよ!ねえ、キスしていい?」

「キスの続きはまだ、ダメだけど、まあ、その」

「じゃあ、遠慮なくいただきます」

「っ」



がぶりと食べられるんじゃないかと不安を抱きながら目を力強く目をつぶる。間近で見られる寿嶺二をもったいないと思うのはファンくらいだ。

プツンと切れた理性が私の許容範囲であるかどうかわからないから、じっと黙っているとふんわりと暖かい唇が私の唇に当たった。
そして、そのままギュッと押しつぶされるんじゃないかと思うくらい強く押し付けられた。最後にちょっとだけ意地悪そうに、ペロリと唇を舐めてから吸い付いた。



「ん、柔らかくて美味しいね」

「っ、な、恥ずかしいことっ」

「えへへ、やっと僕を見てくれたね。そんな物欲しそうな顔しないでね」

「も、のほし…」

「キスするの苦手?それともファーストキス?」

「…」

「あ、僕が初めて奪っちゃった感じ?なら僕がたっぷり仕込んであげる、ちょっとだけ口開いて、そうそう」



どこか楽しげに教えてくる寿さんに私は口をちょっとだけ開いた。程よい位に開くとはどれくらいか、いつも寿さんがCMでキスするシーンを思い出して開けると、満足げに笑う。何度か私の頬をなでて、目を開いたまま顔を近づけさせる。


「ん、そのまま、息は鼻でするか角度変えたとき、ね?」

「っ」


一度だけじゃなかったんだと今更後悔しても遅い。




「じゃあもっと僕は君が僕のことに夢中になるように、頑張るから、見てて」

|