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寿さんに勧められたドラマを見ていた。


正式に私は寿さんと、結婚前提に付き合うということになった。私がこういう気持ちになっているなら、あとは全力で落としにかかる、とかなんとか寿さんは言っていたけど大丈夫なのかな…。
もし別れることがあったらどうしよう、生活資金ゼロから始めるなんて。一応、勤務じゃなくてパートアルバイトをしているけれど、不安は全部取りきったわけではない。

私と寿さんに時間の余裕があれば一緒に映画を見に行ったり、ショッピング、家で一緒に後輩や、同期のお友達が出たドラマとかを見ている。


ついこの間は聖川真斗さんが出演した時代劇ものを見ていたし、バラエティーもので愛島セシルさん、一十木音也さんが出演している番組を見ていた。

「後輩ちゃんたちに負けてらんないよ!もっともっとみんなを魅了できるアイドルになりたい!」寿さんは私にそう言って歌を歌い始めるのはもう日常的。



だが、私にはどのアイドルが寿さんの後輩、同期、グループ仲間なのかさっぱり。もっと知るべきだと分かっているけど、知れば知るほど、遠くなっていく気がして怖い。だから手を出せない。




CMで寿さんが女優さんと接近しているシーンとかを見ているとこっちが恥ずかしくなる。なんだ、これ。
ぎゅっと、ソファに沈む私と対照的にコーヒーを飲もうとしていた寿さんは慌てて私の目を隠そうとする。


「あ」

「…っあ!ダメダメ!れいちゃんの恥ずかしいところ見ないで!」

「寿さんもアイドルでしたものね」

「ちょっと僕が軽い男みたいじゃん!僕は君一筋だもん!」

「ありがとう」



ストレートに今の気持ちを伝えると、寿さんは顔を赤らめてそっぽを向いた。
両手を顔に当てて、恋する乙女のような背中を見た気がした。

でも、やっぱり彼は男の人で、落ち着いたら落ち着いたで大人のような素振りをしつつもずいっと体を近づけてくる。慌てて逃げようとしても、逃げさせまいと肩に手を当てて程よい力で押さえつけた。


破棄した抵抗に笑って、寿さんは私の額に額をくっつけた。

暖かくて、少し湿り気のあった額に彼が存在しているんだと実感する。遠くにはいない、今は私の隣にいる。寂しくない。



「…なんか」

「?」

「君、すごく素直になったね。嬉しいよ」



キス魔になりつつある寿さん、私が目をつぶらないまま何度もキスをする。

その度にソファは元あった位置から少しずつズレて、深く沈んでいく体。CMがあけて、ドラマ本編に映っていても寿さんは余裕のよの字すらくれなかった。

触れるだけのキスに飽きたらず、そのまま深いキスをしようとして私は身構える。



「こ、と、ぶき、さ」



「待って」と言おうとした瞬間、体にかかっていた重みが亡くなった。

焦ったような声が私の耳に届いて、反射的に目を開けるといつの間にかギャラリーが増えていた。恥ずかしいを通り越してどこかに隠れたいような気持ち。


オッドアイの怖そうな男の人に、スカイブルーの髪色の無機質な男の子、なんだか幼い感じが残っている。綺麗な肌と髪の毛の色、冷たそうなその眼差しの男の人。どこかで見たことあるような、私はじっとその人たちを見ていると、寿さんはまだ状況を把握できていな様子だった。寿さんは首根っこをオッドアイの人に掴まれていた。



「嶺二、なにやってんだよ」

「!って、え、うそ」

「やっぱり、最近怪しいと思ったら。レイジ、ねえ、そこの君も離れて」


子供っぽい割には冷静すぎるスカイブルーの髪色の男の子、私は言われるがままに寿さんから離れる。よくわからないけど、ここは従順になったほうが身のため。しかし、私の行動に寿さんは慌てて何かを訂正しようとした。いいや、もう無理じゃない?訂正とか。


「ちょっと、三人とも待ってよ!これは僕が」

「その様子だと同棲しているようだな…貴様ら、正座しろ」

「もちろん床だ」




見ず知らずの人にしょっぱなから説法くらうのは初めてだった。


私の左となりに寿さんは正座をしている。目の前には美形の男の人三人が仁王立ちしている。


なかなかシュールな光景だと思った。


何を言われるかわからないので床の板目をみて黙っていると、大きなため息が聞こえた。それも息ぴったりだった。寿さんは「まあまあ、三人とも怒らないでよ。ちゃんと理由を聞いてから怒るのが道理ってもんじゃないかな?」と説くけれど、寿さん、あなたも人のことは言えない気がします。

そっと顔を上げると、むっとした表情のスカイブルーの髪色の男の子が口を開いた。



「経緯を言ってよ」



びくりと寿さんは肩を鳴らした。「アイアイ、もっと笑顔笑顔」と空気を穏和に変えようとするけどブリザードにはかなわないようだ。
呆れたような眼差しでオッドアイの人は私たちを見ている。



「どっちが先に手を出したんだ」

「手出しなんて、まあ僕が拉致したことには変わりないかな」

「いいえ、お金に釣られた私が」

「ちょっとそれどういうこと、全体的におかしいんだけど」

「嶺二、俺はお前を見損なった」

「…理解しがたい、愚民どもよ、貴様たちはどんな付き合い方をしているのだ」

「ぐ、愚民…」



この人たち本当に何なんだ。寿さんとすごく親しそうなのはわかるけど、初対面にそんな悪い印象を怖がらず与える彼らにある意味恐怖を感じる。

愚民と言い放った男の人は私に顔を近づけて「聞こえているのか貴様」と叱る。
私はのけぞって逃げるが、ビュンと勢いよく差し出された青い宝石が目立つ棒に驚いた。この人たち、普通の人じゃないよ。「聞いています」と顔を引きつらせながら私が返答すると、満足そうに鼻を鳴らして私の腕を引いた。体制を立て直してくれたようだ。

寿さんは残りの二人に、柔和な表現で私たちの関係について語っていた。



「そもそも僕が彼女に一目惚れして、ここまで連れ去ったみたいな…?」



事実、けど今それ言ったら確実に私たちは処刑である。マリーアントワネットも吃驚だ。

寿さんが言い終わると三人から黒いオーラがにじみ出てきた。笑い事じゃないことは確かだった。三人ともそのオーラを隠さないまま、座ったり勝手にキッチへ行ってコーヒーを出したりしている。自由気ままな人たちだ。

しかし、オッドアイの人はいきなりキっと私たちの方を見て寿さんに向かってギターのピックを投げつけた。なぜピックだ。



「サイテーだな、ロックじゃねぇ」



続いて愚民と言い放った男の人は私と寿さんに、輝く宝石をつけた棒を何度も振りかざしている。どこかの教師のようだった。



「破廉恥もいいところだ」

「取り敢えずこの子、レイジから離したほうがいいんじゃない?流されてるみたいだし」



じっと私を見て「うん、観察対象には良い物件だね」と小さく呟いた。死ぬまでのカウントダウンの観察対象?こりゃ終わったな。わたし。



「ダメ!ぜえったい、れいちゃんが許しません!」

「また引越しするのは嫌です、ダンボールやっと全部開けたんですから」

「危機感持てよクソ女」

「…この失礼な奴は誰ですか、寿さん」

「ランランだよ!こっちがアイアイ!で、こっちはミューちゃん」

「…ランランさん…」

「笑いこらえてんじゃねえ!」

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