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久しぶりの休日、私は掃除をしようと寿さんから許可を取りに行こうと部屋へ足を運んだ。しかし、扉から漏れる声に私は戸惑った。女の人っぽい名前が聞こえて、入っていいのか困る。もしこのタイミングで知らないフリを通して部屋に入ったとして、嫌な雰囲気を残してしまったらどうしよう。

ぷつりと会話が切れてもう、入っていいのかと思いながら扉をノックする。そこには少しだけ驚いたように目を見開いた寿さんがたっていて片手には携帯を握っていた。もう少し時間を空けてから部屋に入ったほうがよかったかな。


予想は翻し、寿さんは優しく微笑んで「どうしたの?」と聞き返す。

たまには、私にそういう笑顔じゃなくて心から笑っている顔を向けて欲しい。本当に私が好きなのかわからなくなる。



掃除をしたいと伝えると「じゃあ僕もする」と言って掃除機を出したりパタパタと騒がしく動く。私は床を拭いて、寿さんは布団のシーツなどを剥がしていた。無言も辛いから私から口を開いた。



「寿さんってお仕事楽しい?」

「…ん?どういうこと?」



ひどい言い方だとわかっていながら私は寿さんに質疑する。もちろん自分が今の仕事が楽しいと聞かれたら、うやむやに答えてしまう。でも、アイドルという職種は他人の意見が発生するものであって、褒められることもあるが貶されることだってあるはず。
片手にシーツを持って固まっている寿さんに、あとづける様に言葉を紡ぐ。



「私なら、周りからの誹謗中傷耐えられないと思っただけ」



視線が降下していく、空かさず寿さんは近づいてきて私を抱きしめる。甘えてくるようにぎゅっと抱きしめて顔をうずめたりする。長い髪の毛がくすぐったくてかすかに私は動くけど、それに反比例するようにもっと強く抱きしめたりする。

前までしていたあの匂いはなくて、彼自身の匂いがする。ちょっとだけ甘い匂い。毒されていくようにくらくら眩暈がした。どんどん私は寿さんに恋慕に似たような感情を抱いてしまう。


寿さんがどんな表情で言っているのかは私にはわからない、けれど悲しい顔はしていないと思った。幸せそうに彼は言うから。



「そうだね、僕も結構辛い時はあるけど、今は君がいるから僕はへっちゃらだよ」

「…寿さん」

「なに?ドキッと来ちゃった?」

「私、寿さんのこと好きなのかな」



素直に私が寿さんに聞いてみると、ぱっと寿さんは私から体を離して肩に手をおいた。真剣そうな眼差しで私を見ていて、そんな表情でさえすごくかっこよく見える。ちぐはぐな私の心と、強引で本心を見せない彼の心は混ざり合うことなんてあるのか。

不安で胸が潰れそうになる。寿さんは乾いた唇から言葉を吐く。



「どういうこと?」

「…寿さんを見ていて、ドキドキとかしませんし、息苦しくなったりなんてしない。恋愛って普通、動悸が激しくなったり息苦しくなったりするんでしょ…なんか違うなって」

「…」

「けれど私は寿さんがほかの女性といると悲しくなる。ほかの女性とお喋りしているだけで、今まで味わったことがない孤独を体で感じる。寿さんが誰かに嫌がらせを受けてると聞いたら、その誰かを恨む。末代まで恨む」

「…」

「顔が近くなったらキスされてもいいと思います、押し倒されたあと、そのまま何をされてもいいと思うのは間違いなの?」


辿たどしく私が寿さんに自分の気持ちを伝えきると、幸せそうに笑っている顔が目の前にあった。今後、嫌われるんじゃないかと心づもりしていたのに、甘受してくれたことに私は戸惑いを隠せない。杜撰な考えで寿さんも私を無理矢理ここまで付き合わせたわけじゃない、小さな私の心の変化にも喜んでくれているんだ。

寿さんはもう一度抱きしめようとしたけれど、ぴたりと止まって私の肩を何度も優しく撫でてこう言い放った。



「僕はそれ以上に君が好きだよ」



私以上に好き、ということは好きなんだ。私は寿さんのことが好きで、嫌いじゃない。流されて彼のことが好きになったのか、それとも私自身、見ていない寿さんを見て好きになったのかわからないけど、この感情が霞かかっていたのに一言で吹き飛んだ。

カラカラに乾いた唇で私は唱えた。



「好き、なの」

「うん。僕は君が誰かに触れられるだけで苦しくなる」

「…」



ほんのり赤みを帯びた頬の寿さんは熱っぽい視線を向ける。ドキリ、胸が締め付けられるように辛くなる。酩酊状態と同じ感覚に陥る前に、私は何か言おうとしたけど、寿さんは、はあっと、どこか安堵したようなため息をついた。

まゆを下げて申し訳なさそうに、寿さんはそっと視線を私から外した。



「…やっぱそんな目で見られると嘘は付けないかも」

「え、嘘って」



嘘?寿さんがどう、虚偽したのか私は気になった。せがむように、寿さんに詰め寄ると驚いて私の方から手を離してどんと後ろに下がっていく。

両手で顔を覆って、ちらちら私を見てくる。



「…怒らない?」



小さな子供のように何度も確認していた。首をかしげながら私は勢いのない返事を繰り返す。



「内容によるけど…」

「…僕たち一度もヤってないよ」

「…は」

「あれ、僕の演技、それにキスだってしてない。ううん、君が寝ている時にキスした」

「…」

「ごめん、でも僕は後悔してない」

「…寿さん、バカだね」



目をつぶってそっと寿さんに近づいていくと、寿さんはその柔らかい唇を押し当てた。



「ほんと、正直なくらい馬鹿」

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