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黒崎蘭丸は寿嶺二の変貌っぷりに苛立ちを隠せなかった。

なぜこんなに切羽詰った時期に寿嶺二は能天気に携帯を眺めてニヤニヤしているんだろうか。今までなら俺たちに構ってだの、遊びに行こうだの騒いでいたのに。年上なりに、このグループをまとめようとしている姿も今では見られることはない。崩壊寸前の自分の理性、ほかの二人も寿嶺二の変わりように戸惑っていた。顔に出さないだけで、どこか会話はぎくしゃくしている。

打ち合わせが終わって控え室で、また携帯を弄りながら幸せそうな笑顔を浮かべる。

まさか。アイドルの鉄則恋愛禁止を忘れて恋にうつつ抜かしているんではないか心配になった蘭丸は不機嫌そうに嶺二に言う。



「嶺二、気持ち悪ィぞ。ニヤケ顔」

「えへへ〜」



「そんなこと言わなくてもいいでしょ!ランラン酷いよぅ!」と帰ってくると構えていたが、まさかその一言で会話は終了する。最年少である藍はじっと嶺二の表情を見る。締りのない顔を認識し、頭の中の知識を四方探すが出てこない。理解できないソレは恋愛ではないかと踏んだ藍は直接聞いてみることを決意し、顔を上げる。



「レイジ、恋でもしたの」



藍が間髪入れづに言うと、嶺二は携帯から一瞬だけ目を離して瞳を大きくさせる。分かりやすい、そんなことを心の中で藍は毒づいてみる。

終始何も声をかけなかったカミュはため息を付いた。リーダーのような存在である彼がああでは、ただでさえ疎らな自分たちが転がる石のようになり果てる。



「そんなことないよーっ!僕の恋人はみんなだからーっ!」

「白々しいな」

「嶺二、お前がどうしようと勝手だけど掟忘れんじゃねぇよ」

「忘れるはずないじゃん」

「あ?」



冷めたような声が聞こえた。ねこを飼い慣らすような声音から一変、自分たちではなく嶺二自身に言い聞かせているような感覚に陥る。蘭丸はこれ以上責め立てるのはやめた。携帯をポケットに入れて嶺二はまるで幻影に語りかけるように口を動かした。



「忘れてないから楽しくないんだよ、僕。


なぁーんて、羽伸ばしてどこか出かけたいなぁ」



その言葉に首をかしげて無表情のまま、藍は嶺二を見つめる。恋愛をしているんじゃなかったのか、彼は。

意味深な言葉を探偵のように探るわけでもなく、行き詰まったような嶺二を見逃さない。天真爛漫そうに見えて実はナイーブなのか。



「何かに息詰まってるの?レイジにしちゃ珍しいね」

「お前が不調子だとこちらの波長も崩れる」

「遠まわしに心配してくれてるんだね、ミューちゃん!」

「貴様!なぜ伯爵である俺がそんな」

「大丈夫、大丈夫…絶対大丈夫。そうさせるから」



嶺二はそう言って悲しそうに笑った。

かなわない恋愛をし続ける気持ちと、現実に打ちひしがれる思いであったが目の前のことに集中しよう、そう心の中で栓をした。
スタッフが呼びに来たのと同時に嶺二はヘラヘラ笑ってレトロな口調で接する。自分が恋焦がれているのを知られないように。




収録が終わって各自解散という形になり、車で彼女の仕事場まで行った。

まだ彼女が終業する時間にはほんのわずかだが余裕がある。今日、同僚に言われた言葉が胸に刺さって取れない。ずしりと鉛のように固まっていて、なかなかすっきりしない。


自分には魅力がない、そうだ。周りからは一発屋だの三枚目だの言われて本当は叫びたいくらいだった。僕はこんなにも必死にやっているのに、どうしてそんな酷いことを君たちに言われなきゃならないの。
僕を知らないくせに、知ったふうな口を聞かないでよ。


彼女もそうだ。目をつぶって彼女を思い浮かべると、心の底から笑った姿なんてない。花がほころぶような笑顔なんて一度も見たことがない。愛して欲しい人間に愛されないもどかしさに頭を抱えたくなる。ハンドルの部分に頭をゴンっとぶつけた。クラクションがならない体制で重たい溜息だけを吐いた。



「僕って、やっぱり人を引き付ける魅力とかないのかな」



いっそ、彼女から手を引いてしまおうか。

そしたらきっと楽になる、新しい彼女を見つけられればそれでもういいじゃないか。今まで積み重ねてきて、培ってきた分はどこかに押し込んで、けどできない。何度もしようと思ったけど、僕にはできない。後戻りができない、後退したくないほど彼女に盲目になってしまったからだ。

現実に超えられない壁と、真相が胸をジクリと突き刺す。



「どうやったら、見てくれるかな」



どこか遠くを見ているようで、僕なんて見ていない。
ただの風景にしか捉えていない。

僕が彼女の瞳を覗いても彼女はぼくの瞳を見つめ直すことなんてない、交わることのない関係が疲れる。彼女とできるなら、キスよりもっとすごい歌を歌いたい。



「なんで、僕だけそうなんだろう」

「…寿さん」

「っ!あれ!もう終わったの、ほら、となり乗って乗って!」



僕は先ほどの重たいオーラを吹き消すように、車のドアを開けて彼女を車に乗るように促した。彼女は少しだけ戸惑いながらも車に乗りこんで僕の顔を見た。

ダサい僕なんて彼女の前で見せたくない。最近は自分が彼女の前では抑えられなくなって困る。

彼女が真摯に受け止めてくれるから、張り詰めていた糸が切れてしまう。

笑いながら今日の出来事でもしゃべろうかなと思ったとき、何故か彼女は僕の手を握り締める。

何が起きたかわからなくてやっと気づいたのは五秒後、ドキドキの胸が高鳴ってしまう。


「寿さん、疲れてるなら私が変わるよ」

「大丈夫だよ!元気元気のぶいぶい!」

「…」

「そうだ、帰りにケーキでも」

「寿さん、あなたには十分人をまとめる力があるから、自信をなくさないで。わたしも、できるだけ早く寿さんを好きだと思えるように、自覚できるようになるから」


彼女の手を引っ張って無意識のうちの僕は彼女を抱きしめて泣いていた。


「ああ、だっさいなぁ、僕…壊れそうなくらい、僕の心が引きちぎれそうなくらい、僕は君が好きだよ」

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