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「キスの続きをしようか」


またあのCMが流れた。きっとこれは夢だと思う。なぜなら、「キスの続きをしようか」と、そう言っているのが現実味を帯びていないからだ。おかしな点はいくつかある、黒崎蘭丸さんや美風藍さん、カミュさんがいないこと。チョコレートなんて唇にくわえさせていないこと。そこにいるのは、寿さんオンリーで、彼は上半身裸、言い終えるとそのまま私に覆いかぶさってきた。ずしりと重みが感じられる。
逞しいその体で私を包んで、優しい手つきで何度も頬を撫でて、そっと唇に彼は唇を落とした。温もりを感じることにさして動揺なんて。

キスの続き、それはなに?彼が望んでいるものはなんだろう。


幻でもいいから、答えて欲しい。

「寿、さん」

そう、私はディープキスの合間に口を動かした。





…おかしいな。いつもと違った天井が見える。私の部屋とは違ったペールトーンの白。ぼやける視界から抜け出すためにまぶたの上から目をこすってみるが、劇的な変貌をする、というわけでもなく、また同じく見たことがない天井とこんにちは。何なんだ、この繰り返しは。

それに、肌寒い。ふと、今は冬の季節だったのを思い出した。反射的に、肌寒い素肌を覆い隠すように布団をかき集めてみる。その時だった。

衝撃的な光景を目の当たりにした。


私の左隣には、Quartet★nightというアイドルグループの顔、寿嶺二さんがあどけない表情で眠っていた。すやすやと疲れ果てたように、ぐっすりと。嗚呼、どうしよう。
これは一線を超えてしまったのかもしれない。嶺二さんは何があっても私の部屋に入ってきて一緒に寝たことなんてないし、私だって嶺二さんの部屋に入ることはない。
まあ、付き合っているからとは言えそんなことをするのは、結婚前提とか…あれ、ちょっと堅い。けど、寿さんがそう軽い人間には思えない、あの悲しげな顔を見るなり考えにくいこと。


だからこの状況は判断し難い。

そっと私は布団を避けてみる。自分の体は素っ裸。それでいて赤色や赤紫色、ちょっと青っぽい色のあざがたくさん散りばめられていた。おへそ周りと、胸元や、足の付け根にいっぱいある。


こんなに私は貞操観念について皆無であったのか、ひどく情けなく思えてきた。保健体育は常に5か4だった。私、ゴムとかペッサリーとかそう言う言葉は高校の時にテストがあったから必死に覚えてきたハズ、どういう時に使うかも知っている。


何があって私はこうなっているんだ。できればコ●ン君に聞きたいくらいだ。


ギシリとベッドの上で寿さんが寝返りをうったせいできしんだ音を響かせた。私は体をびくりとさせて寿さんが起きないようにそっとベッドを出ようとしたけど、後一歩のところで寿さんは起きてしまった。



「ん?あれぇ…起きたの?」

「っ…っ、の、あのっ」

「んー?のんのん、昨日のことはちゃんと覚えてるよ、そんな顔しないで。僕そんなに薄情な男じゃないよ」

「…」



昨日何があったのか順序よく説明してください。私のちっぽけで、テンパっている脳みそでも理解できるように説明してください。でないと、全国のファンが阿鼻叫喚します。
それか、背後から刺されます、刺されても仕方がないと思います。グサッと。


もう冷や汗しか出ない。私は自分が真っ裸だということに気づいて慌ててベッドの中に潜ろうとしたけど、寿さんが「ちぇ、隠しちゃった」と残念がっている。よくも平然としていられますね、寿さん。さすがアイドルです。

何かを言おうとしている寿さんは何故か恥じらっている…次の言葉を少しだけ溜めていることになんとなく、殺意が沸く。



「僕の初めて奪っちゃったみたいだから、責任とってね」



嘘だろ。



「僕ら初めてどーしだったから、もう、僕嬉しくて」



あれ、めまいがする。



「あ、ちゃーんと僕、責任取るよ!取り敢えずゼクシィ買いに行ってこようよ。日取りとか、あと誰呼ぼうか決めようね?」

「…ぇ」


トントン拍子もいいところだよ!?何があったんだ。

よく思い出してみようと、必死に記憶の糸を手繰り寄せてみる。


寿さんは私が好意なんて微塵も持っていないことをやっと理解して、一人で怒って部屋に戻ってしまった…それまでは覚えている。私はどうしたらいいか、本当に迷って迷って自分の部屋に戻った。音楽を聴いて落ち着こうとしたけど、あの悲しそうな顔を思い出して、眠れなくなってアロマを…ここから曖昧になっている。


このあと、どうしたんだろう?この現場が出来すぎてるような気がする。



「ま、待ってくださいっ」

「あれ昨日はタメ口だったのに、どうして…?」

「な、泣かないで…」



私が切羽詰ったように問い詰めたのが悪かったようで、寿さんは泣いてしまった。
ボロボロ涙を流す、この場で言うのもなんだが、俳優っぽい、芸をしているという意味合いを込めているわけではない、心底綺麗だと思った。
そして、めんどくさいと思った。



「寿さん」

「やだ」

「はい?」

「きのう、すっごっ可愛い声で僕のこと、嶺二って何度も呼んでくれたのに、なんでっ!?やっぱり、やっぱり僕が好きって言って、戯言だったんでしょ!?」



そんなこといついった私!?昨日の私をアイアン・メイデンにぶち込みたいと思った。
どうにもできないと判断を下した私は落ち着いてもらうためにホットミルクを用意しようと思って立ち上がった。


「いかないで!!」

「っ」

「いかないで、ここにいて!お願い、お金あげるからもうどこにもいかないで、僕を、置いていかないでっ」

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