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「また、君とキスをする」


CMの言葉に私はときめいた。

こんな言葉を私が心の底から愛する彼氏にでも言って欲しい。けれど私にはそんな彼氏はいない、お金でつなぎとめるようなヒモはいる。

言い方が悪いかも、私は気の進まないまま寿さんと付き合っていて、それを友だちに話すと罵詈雑言の嵐。あれ、これって四面楚歌?私には私を応援してくれる人なんていなかったのかしら?


「さあ、キスの続きをしよう?」


そういったのはテレビに映る寿さんだった。





美味しい。噛めば噛むほど、肉汁が口の中でじんわりと広がり、スパイスがふんわりと舌を侵食する。少しだけ歯ごたえのある肉はプリプリしていて、生まれたての小鳥を食べているように思えた。


田舎育ちの私でも生まれたての小鳥は食べない、語弊を生んでしまったかもしれないがこれは表現である。グズグズに崩れていない肉のことを言っていると、捉えて欲しい。


寿さんは私が唐揚げをもごもごと噛み締めているのを楽しそうに見ていたので、そっと視線をずらした。そんなに見られてしまうと恥ずかしい、それに食べづらい。寿さんは二三個食べただけでもう口に運ぶことはない。アイドルは体重とか気にしているからかもしれない。


会話がないというのはなんか、体に毒だ。私は思い切って話しかけることにしてみた。



「と、とっても美味しいです、からあげ」

「えっへん!でしょ?僕、最近食べてなくて、こうビビッときちゃったんだよねー!唐揚げ食べたいなぁって、こっちのコロッケも上手にできたんだ!食べて食べて!」

「あ、りがとうございます」



指を差したのは私が好きなカニクリームコロッケ。香ばしく揚げられたその衣が、私の食欲を誘う。


学生の頃、お弁当に入っていたときすごく嬉しかったのを今でも覚えている。田舎の学校で、私の家はどちらかというと貧乏だった。ほかの家のように様々なオカズが入ったお弁当なんて食べられなくて、毎日が苦痛。


同時に、クラスメイトからの陵辱を思い出してしまい、ブルーな気分に落ちてしまった。


しかし、目の前にいる危険人物に悟られないように箸を進めた。箸先で掴んだのに、サックサクな音が聞こえる。寿さんって料理上手だ、私結構負けてる。てか、女子力の無さに泣けてきた。



「ねぇ、僕のこと好き?」

「?え、あっ」



唐突に寿さんに聞かれたので、うっかり箸でつまんでいたカニクリームコロッケが元の場所に落ちてしまった。レタスの上に落ちたので、まずまずだ。これが皿の外に出てしまったら、貧乏性である私は泣いていると思う。

答えを待っている彼の瞳に私はまっすぐ射抜くことはできなかった。


「好き」といえば彼は満足してくれるんだろうか。それとも、正直に言ってしまえば彼は諦めてくれるだろうか?でも、今まで私に尽くしてくれる寿さんはどんな言葉を返してくれるか、きっと心の中で期待しているハズだ。


葛藤する時間なんてない、彼の機嫌を取るため、とは言い難いが私はこう答えた。



「私は、まだ…その、はっきりとはわかりません」

「うん…」

「ですが、嫌いではありません。むしろ好意的な気持ちを持っているのは確かです。私は寿さんが好きです」

「…す、す、すき!?」

「はい、寿さんが私を思ってくれる感情とは誤差がありますけど…ご期待に応えられないのに、スミマセン」

「…っ、ぁ」



何か言いたげな口は、すぐに閉ざした寿さん。

私は何が起きるか待っていると予定外なことが起きた。私が言い終えた途端に、寿さんは立ち上がって私の隣に座った。ふんわりと男物の香水が鼻につく。私の苦手な匂いだ。それにどこかで嗅いだことがある。


一気に距離が狭まってきた。縮めてくるというのは予想の範疇を超えていた、私はたまらず声を上げた。


「あの、私」


そう言いかけると、寿さんは力なく笑った。初めて見る彼の弱いところに私は目を瞬かせる。


「敬語じゃなくて、タメ口がいいな」


と今まで以上の甘くて淫靡な囁き。惑わされてはいけない、彼は今一気にまくし立ててきたんだ。

第一ついこの間までみず知らぬ、そんな人物が付き合って欲しいと言われてホイホイついてきて強引に家まで変えさせられて。挙げ句の果てには…考えるだけで恐ろしい。私はこの人を愛してはいけない、そういった壁を作ったのに壊滅させたれたら彼のシナリオ通りじゃないか。


委ねてしまえばいいと、けれど、最後は私には残らない。



「それは」

「やっぱり」

「え」

「僕のこと、嫌いなんでしょ、愛してないんでしょ、好きじゃないんでしょ!」



寿さんはそう言い終わると、立ち上がって部屋へ戻ってしまった。残されたご飯と私はどうしたらいいか考えることが難しか。

取り敢えず、ご飯はラップに包んで冷蔵庫の中へ。
私は食器を洗い終えて、寿さんの部屋の前にった。



「寿さん、出てきてください」

「僕のこと、嫌いなくせに僕に命令するんだ」

「…」

「いつも、君は…で、僕…」

「?すみません、聞こえづらくて、あの、入ります」

「入らないで」

「じゃあ、その」

「…」



ゴニョゴニョと濁している寿さんに私は畏怖した。一度も感じなかった彼から放たれるどす黒い冷気。わたしは部屋に戻った。

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